August 5, 2016 | Architecture, Design | casabrutus.com | text_Naoko Aono
家づくりだけでなく街づくりのヒントになるアイデアが満載の展覧会がスタートしました。住み心地のいい家はもちろん、使い勝手のいい都市や建築が生まれそうで、わくわくします。パワーアップした展覧会〈HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION〉のリポートです!
プラントハンター、西畠清順が持ち帰った推定樹齢1000年のオリーブの木がエントランスで出迎える。食用に、化粧品にと人の暮らしの中でいろいろと働いてくれる木が展覧会のコンセプトを象徴している。
建築家やデザイナー、企業、研究者、行政などさまざまな人々が未来の住宅について考える〈HOUSE VISION〉。シンポジウムや研究会など活動の成果をお披露目する展覧会が青海の特設会場で開かれている〈HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION〉だ。2013年の第1回に続いて3年ぶり、2回目の開催となる。
この展覧会の楽しみは、自分たちでは思いつかなかったけれどこれは便利! と気づかせてくれるアイデアに出会えること。たとえばヤマトホールディングス×柴田文江の〈冷蔵庫が外から開く家〉は、宅配便ボックスを住宅の壁に埋め込んで中と外の両方から開くようにしたもの。
ヤマトホールディングス×柴田文江〈冷蔵庫が外から開く家〉。プロポーションの異なる箱が壁に埋め込まれている。
その箱に冷蔵機能をつければ“冷蔵庫が外から開く”ようになるわけだ。セキュリティは暗証番号や生体認証で行う想定になっている。不在時の荷物受け取りだけでなく服のクリーニングサービスのやりとり、庭でバーベキューをするときのドリンクや食材の取り出しなどさまざまなシーンに応用できる。
LIXIL×坂 茂の〈凝縮と開放の家〉。 movie_Junpei Kato
もう一つ、設備系でユニークなアイデアを見せてくれるのがLIXIL×坂 茂の〈凝縮と開放の家〉。通常は水が自然に流れるよう、給排水パイプは床下に設置することが多いが、LIXILはポンプを内蔵して給排水システムを天井近くにまとめることでキッチンやバスルームなどの水まわりを部屋のどこにでも配置できるシステムを生み出した。水まわりは生活する上で必須の機能。上下水道と電気という基本的なインフラがあればどこでも住めることになる。
坂 茂が多くの作品で取り入れているシャッターによる開口部にも注目だ。窓が全面オープンになる開放感は実に爽快。液晶ガラスを使っていて、スイッチをオン・オフすることで磨りガラスのように不透明にしたり、普通のガラスのように透明にもできる。
バスタブの収納も可能。 photo_Junpei Kato
Airbnb×長谷川豪〈吉野杉の家〉。大型トラックに積んで運べる。
家をとりまくコミュニティに着目したプロジェクトも面白い。Airbnbと長谷川豪の〈吉野杉の家〉は1階が地域のコミュニティセンター、2階がAirbnbで泊まれるホテルになっている。この家は会期終了後、奈良県吉野町に移築され、実際に使われることが決まっている。トラックで移動できるよう、荷台の大きさに合わせて造られているという準備のよさだ。Airbnbでは既存の物件をゲストに貸すという業態をとってきたが、これは最初からシェアを前提として設計するという、同社にとって初めての事例になる。
「通常のAirbnbではゲストがドアを開けるとホストがいるわけですが、〈吉野杉の家〉ではコミュニティがゲストを出迎えます。地域の人々がホストになる新しいモデルです」とAirbnbのコ・ファウンダー、ジョー・ゲビアは言う。ゲストは希望すれば吉野町で農作業の手伝いや工芸の工房の見学・体験ができる。ホストに地元の食材を教えてもらって一緒に料理を楽しむのも面白そうだ。
〈吉野杉の家〉1階のコミュニティスペース。ゲストはこのフロアのキッチンやリビングを使うため、自然と町の人とのコミュニケーションが生まれる。こういったプロジェクトでは最初の段階からコミュニティの人々とともに動くことが大切、とAirbnbのジョー・ゲビア。
「吉野には質の高い木材があり、それを加工する腕のいい職人もたくさんいます。木工以外にも杜氏、菓子職人、和紙職人、醤油の醸造職人などもいる。宿泊というビジネスによって高齢化・過疎化が進む吉野町の経済にプラスになるだけでなく、すでにあるものを活かすことができるのです。人口減少と高齢化は吉野町に限らず日本中、また世界各地のコミュニティが抱える問題です。〈吉野杉の家〉がそのモデルになると期待しています」
〈吉野杉の家〉2階の宿泊スペース。吉野杉の柔らかい質感が心地よい。
大東建託×藤本壮介〈賃貸住宅タワー〉。箱を積み上げてブリッジでつないだような構成。
大東建託×藤本壮介の〈賃貸住宅タワー〉は基本的にはシェアハウスなのだが、専有部をミニマルに、共有部を思い切り広くとっているのが特徴だ。住人は共有部の丸い大きなバスタブがあるバスルーム、これまた大きなテーブルのあるダイニングキッチン、デスクもあって書斎のように使えるライブラリー、収納、ゲストルームなどを使える。さらに共有部は外部に開かれた構成になっていて、時間貸しをすることもできる。“稼ぐ”シェアハウスなのだ。もちろん、そこでコミュニケーションが生まれることも考えられる。
「人が行き交う場所になって、やりとりが活発化するといいなと思ったんです。高齢者が子育ての手伝いをしたり、若者がお年寄りの話し相手になることもあるでしょう。こうして町の暮らしも豊かになるのでは」と藤本壮介は言う。
〈賃貸住宅タワー〉は谷のような形だ。
〈賃貸住宅タワー〉ではお金以外のものを交換する新しい経済の可能性も生まれる。
「棚の一角を使うのにお金を払ってもいいし、共有部の植木鉢に水をあげる、バスルームを掃除するといった労働で支払ってもいいといったルールを設定することもできる。お金以外の各自が持っている時間や労働を交換することができるようになるんです」(藤本)
無印良品×アトリエ・ワン〈棚田オフィス〉。農具置き場や農作業の合間の休憩所にも使える。
PCとネット環境があればどこでも仕事ができるのだから、景色のきれいな田舎で働きたい。そんな人にお勧めなのが無印良品×アトリエ・ワンの〈棚田オフィス〉だ。普段は田んぼを眺めながら働き、田植えや稲刈りなどの繁忙期には農作業を手伝う。そんな“半農半IT”な暮らしが可能になる。
〈棚田オフィス〉ではこんな景色を見ながら働ける。
無印良品ではすでに房総半島の「釜沼」という集落で活動を始めている。高齢化した農家のために無印良品がWebを通じて人を募集し、農繁期に無農薬の米作りを手伝っているのだ。地域通貨によるコミュニティカフェやマーケットなどのイベントも行っている。〈棚田オフィス〉はこういった活動の次のフェイズとして考えられたもの。都市と農村を新しい形でつなぐ試みだ。
TOTO・YKK AP×五十嵐淳・藤森泰司〈内と外の間/家具と部屋の間〉。半円形のスペースから飛び出した箱は、窓が拡大して部屋になったもの。
〈内と外の間/家具と部屋の間〉は、TOTO・YKK AP×五十嵐淳・藤森泰司によるもの。家の中と外との境界にある「窓」を拡大したらどうなるか、という実験だ。できあがった家は中央にメインリビングが、その周りに5つの “窓であり、部屋である” 空間が広がっているというもの。それぞれベッドルーム、バスルーム、トイレ兼書斎、リビング、ダイニングキッチンになっている。
「部屋の縦横の比率や、メインリビングとの高低差はそれぞれ違うものにしました。窓らしさを出したいと思ったので」と〈内と外の間/家具と部屋の間〉の家具を作った藤森泰司。
〈内と外の間/家具と部屋の間〉。メインリビングから見ると本当に窓のよう。
この“家具以上、部屋未満”の空間は窓なので、外に向かって開いている。
「昔の日本家屋の縁側のように、ゆるやかに内外をつなぐ快適な場所をめざしました」(藤森)
トイレと書斎が一体化しているのは、トイレは一人になってゆっくり物事を考えることができる場所だから。そんな遊び心も面白い。
住友林業×西畠清順×隈研吾〈市松の水辺〉。西畠が選んだ紅葉は青い葉と赤い葉の両方を見せる。
あえて家の形ではないものを提案したのが住友林業×西畠清順×隈研吾の〈市松の水辺〉だ。座卓のような四角形と、水が張られた正方形の小さなプールが市松に並ぶ。木化を推進する住友林業の“家”なので、木は奈良県産のヒノキと福島県産の杉を使っている。もちろん福島県産の杉は検査済み、安全性が保証されたものだ。
〈市松の水辺〉。水は本当に冷たくて気持ちがいいので、タオル持参でぜひ。
座卓のようにしゃべりやすい空間を点在させよう、というのが〈市松の水辺〉のコンセプトだ。座卓といっても大きな丸いものを一つ置くよりも、正方形のテーブルを市松に並べたほうが、話がはずむのだそう。今の季節はきーんと冷えた水が心地よい。冬はお湯にして足湯にしたり、いろりにして鍋を囲んだりといった使い方も考えられる。家の中はもちろん、街の中にあっても使えそうなスペースだ。
Panasonic×永山祐子〈の家〉。会場で貸し出されるiPadのARアプリでプレゼンテーションする。
Panasonic×永山祐子の〈の家〉は上から見ると「の」の字の形をした丸い家。IoT(モノのインターネット)技術を使ってさまざまなサービスが受けられる家だ。室内のカーブした壁はすべてスクリーンになっていて、家の中のどこにいても映画やテレビ電話、Webサイトが楽しめる。360度映像に囲まれる迫力のホームシアターや、食生活などから「このままではこんなふうに太りますよ」と警告してくれる健康管理システムなど、暮らしが便利になる仕掛けを見せてくれる。
TOYOTA×隈研吾〈グランド・サード・リビング〉。TOYOTAの「PHV(プラグインハイブリッド)」の荷室に畳んだテントを積み込み、エネルギーインフラのないところでも電気を供給して快適な空間を作れる。
今回の〈HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION〉では社会の要請や技術の進歩を踏まえたリアルな提案がされている。コミュニティ、高齢化や人口減少、都市と地方の分断といった問題を解決する“家”が並んでいるのだ。家から社会が変わっていきそうな予感がする展覧会だ。
AGF×長谷川豪〈冷涼珈琲店ー煎〉。見所たっぷりの展示の合間に一休み。さっぱりした水羊羹と大きめの氷が入ったコーヒーで一服できます。
設営中の会場全景の空撮。movie_DJI JAPAN
〈HOUSE VISION 2016 TOKYO EXHIBITION〉
東京都江東区青海2-1。〜8月28日。11時〜20時。会期中無休。1,800円。公式サイト