September 4, 2020 | Architecture, Culture, Design, Food, Travel | casabrutus.com
関西屈指の温泉地・和歌山県南紀白浜の穏やかな海辺に建つ、ヨーロッパの古城のような〈ホテル川久〉。1991年に会員制高級リゾートホテルとして創業した宿が、2020年7月から私設美術館〈川久ミュージアム〉として一般公開。贅を極めた建築そのものと、これまでホテルの利用者以外未公開だった芸術作品としても価値ある3部屋、創業者の美術・骨董コレクションを堪能できる。
●南紀白浜の海辺に建つ古城のようなホテルが、建物まるごとミュージアムに。
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年に数回仕事で和歌山県・南紀白浜空港を利用しているが、日本一多くのパンダが暮らす町としても知られる温泉地・白浜を初めて車で通ったとき、白砂の浜辺の景色とともに強く目に焼き付いたのが、海辺に突如現れるお城のような豪奢な建物〈ホテル川久〉。その際、カフェの利用がてら玄関やロビー周りを見学したけれど、目に映るなにもかもが壮大で、海外の美術館を訪れたときのように圧倒され、後日夢に出てくるほどだった。
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そんな〈ホテル川久〉が、創業から30年経った今、〈川久ミュージアム〉として一般公開されることを知り、ホテルの宿泊を兼ねて再訪した。常識にとらわれない川久ならではなのが、「建物そのものが美術的価値がある」という考えのもと、創業者が世界中から蒐集した絵画・骨董・インテリアを、創業当時と変わらぬ贅沢な空間に開放的に並べていること。これまでは一部のホテル利用者だけが知る、空間そのものが芸術作品と言える3室を含め、1階から2階までを自由に見学できる。
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中国・紫禁城と同じで、皇帝だけが使用を許された「老中黄」色の瑠璃瓦。イギリス・イブストック社の煉瓦を140万ピース使った外壁。塗り継ができないように50人の職人が1日で仕上げた土佐漆喰の大庇。塔上に鎮座する巨大なうさぎのブロンズ像。内部に入る前にもすでに見所あまた。そこから、ドーム型の金箔天井の下に、ローマンモザイクタイルを敷き詰め、疑似大理石の柱が並ぶロビーに立ち、高揚が加速する。
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ワイヤーで天井から吊り下げた螺旋階段、寄木細工の床のエレベーター、モスクのような透かし天井、壁に埋め込まれたビザンチンモザイク。骨董や絵画の貴重なオーナーズコレクションと建築が寄り添い合い、夢の城に輝きをもたらす。「サラ・チェリベルティ」「ドロミティ」「斗酒千吟」と名付けられた、空間全てが芸術作品といえる3室では、時間を忘れて“ここにいる”ことを楽しんだ。
一般来場者はチケット制の〈川久ミュージアム〉だが、〈ホテル川久〉宿泊客は無料で見学できる。私も田辺湾を見晴らす温泉に浸かり、和歌山の食材をふんだんに使った食事を味わうことができるホテルに滞在中、部屋、食事会場、温泉浴場を行き来しながら、何度も美術館スペースを周回して楽しんだ。その間ずっと特別な気持ちでいられたのも、ホテルそのものが優麗な美術館だからだ。
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〈川久ミュージアム/ホテル川久〉
和歌山県西牟婁郡白浜町3745 TEL 0739 42 2662。10時30分〜17時30分最終入館。無休。入館料1,000円(宿泊客は無料)。●和歌山の「知の巨人」の記録を残す博物館。
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田辺湾を見晴らす温泉に浸かり、和歌山の食材をふんだんに使った食事を味わうことができる〈ホテル川久〉。チェックイン前と、チェックイン後、それぞれ半日ずつ散歩に出た。
まずは、 同町内の温泉地・白浜を建築散歩。最初に足を運んだのは、1964年竣工の本館を野生司義章が、2017年竣工の新館をシーラカンスアンドアソシエイツの小嶋一浩と赤松佳珠子が設計した、番所山公園内の〈南方熊楠記念館〉。
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1867年に和歌山市に生まれた南方熊楠は、粘菌の研究、博物学、民俗学、植物学、宗教学、生態学など多くの分野で業績を残し、今なお熱狂的に支持される知の巨人。桁外れの記憶力、操った言語は18ヶ国ほど、田辺湾・神島で昭和天皇への御進講、孫文や柳田国男との交流、「南方マンダラ」と呼ばれる曼荼羅、エコロジーの先駆者と、エピソードは尽きない。ここで保存・公開される熊楠の資料・文献・遺品などを通して、果てしない熊楠の人物像に近づくことができる。
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〈南方熊楠記念館〉
和歌山県西牟婁郡白浜町3601-1 TEL 0739 42 2872。9時〜16時30分最終入館。木曜、6月28日〜30日、年末年始休(7月20日〜8月31日は無休)。入館料600円。●農協の古いビルを改修した喫茶は、1日1組限定の宿にも。
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続いて向かった、海水浴場からもほど近い坂の途中にある〈MUYA〉は、今年の2月にオープンしたばかり。農協として使われていた古いビルをまるごと改修し、1階は昼は喫茶で夜はバー、2階にはオリジナルの洋服が並び、3階は1日1組限定の宿、4階を事務所に。
大阪で洋服作りをしていたオーナーの撫養健太さんは、5年ほど前に地元の白浜町に戻り、写真スタジオを兼ねたオリジナルシャツのショップを営んでいたところ、長らく空家だったこの物件と出会い、新たな拠点を築いた。
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リノベーションを手がけたのは「Dept」。ビルの基礎的な部分はほとんど手を加えず、一見すると無機質ながらも気持ちが休まる機能的な空間に。
白浜町や隣町・田辺市には妙に居心地がいい昔ながらの喫茶店が残されているけれど、新しいはずのMUYAにもどこか同じような雰囲気が流れる。撫養さん夫婦もよく地元の喫茶店に足を運んでいるというから、メニューもインテリアも接客も「ちょうどいい感じ」を心得ているのだろう。
〈MUYA〉
和歌山県西牟婁郡白浜町1946 TEL なし。喫茶は12時〜17時。火〜木曜休。 バーは20時〜23時30分。日・月曜休。宿は1泊1室2名から20,000円〜。●田辺市まで足をのばして南方熊楠邸を見学。
〈川久ミュージアム〉から、車や電車で隣町・田辺市まで足をのばして、南方熊楠が暮らした旧城下町を歩いてみるのも、おすすめの半日散歩コース。
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和歌山市生まれの南方熊楠は、米英に遊学したのち、74歳で生涯を終えるまでの37年間を田辺で過ごした。そのうち最晩年の25年間を家族と生活した邸宅が、大正時代の姿に復元・改修され、〈南方熊楠邸〉として、母屋、書斎、土蔵、井戸・上屋、庭が一般公開されている。
母屋や資料が収められていた土蔵が建てられた時期は不明だが、もとは藩士の屋敷だったところを分筆したそう。書斎は以前の借宅に博物標品室として建てた建物を移築したもの。熊楠はここでただ生活を送るだけでなく、草花が茂り木々がのびやかに枝を広げる庭で研究に没頭した。
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南方熊楠邸の隣は、熊楠が残した膨大な資料や功績を収蔵・紹介する〈南方熊楠顕彰館〉。屋敷町の景観に溶け込むよう白漆喰の土壁に囲まれ、紀州産材を使った切妻屋根の内部は、熊楠の思索の場だった熊野の森を思わせる。
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〈南方熊楠邸・南方熊楠顕彰館〉
和歌山県田辺市中屋敷町36 TEL 0739 26 9909。10時〜16時30分最終入館。月曜、第2・4火曜日、祝祭日の翌日休。無料(南方熊楠邸の見学は350円)。●熊楠にちなんだ愛らしいデザインのお土産を買う。
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昭和初期の創業以来、地元っ子のおやつや贈りものの定番として親しまれる〈菓匠 二宮〉。今年の7月に誕生したお菓子も、田辺市らしく南方熊楠がモチーフで、その名も「南方熊楠っまんじゅう」。熊楠に関するエピソードが綴られた、8種類のマッチ箱型の小箱の中には、熊楠が好物だったあんぱんをイメージしたまんじゅうが。思わずクスッと笑みがこぼれる、粘菌や熊の焼印入り。お菓子そのものとともに、奇才・熊楠の功績まで味わい尽くせる、含蓄が深いお菓子を散歩のお土産に。