July 27, 2016 | Art, Architecture, Design, Travel | casabrutus.com | photo_Housekeeper text_Naoko Aono
瀬戸内の夏をアートで楽しむ『瀬戸内国際芸術祭 2016』がいよいよ開幕しました。そこで、夏会期の新作の中で注目を紹介します!
第3回になる瀬戸内国際芸術祭 2016、夏会期がいよいよオープン。直島、豊島など7つの島と高松・宇野港周辺に、夏会期に向けて新しく登場した17作品を含む148作品が公開されている。 今回の特徴はアジアのアートをたっぷりと楽しめること。タイ、韓国、台湾など各国の香り漂うアートが登場した。女木島の《西浦の塔(OKタワー)》はその一つ、タイのナウィン・ラワンチャイクン+ナウィン・プロダクションの作品。上まで登ると海が見渡せる展望台になっているのだが、側面にはタイの古い映画看板ふうの絵が描かれている。これは塔がある西浦地区に住むお年寄りや制作に関わったナウィン・プロダクションの人たち。結婚式や子供など、島の人たちの思い出の写真をもとにしたものもある。塔に登ると人の声が聞こえてくる。ナウィンが地区の人々に「あなたにとってOKって何ですか?」と聞いた、その答えが流れてくるのだ。 日本の他の地方と同様、女木島のこの地区も過疎化、高齢化に悩んでいる。「私はアーティストだから、この村に残ってお年寄りたちの手伝いをすることはできません。でも記憶を残し、希望を感じられる作品をつくることができる。アーティストは一人で仕事をするイメージがあるけれど、私はコミュニティの人々といっしょにこの作品を作りました。OKは世界中どこでも通じる言葉。現代美術は難しいと思われているけれど、この作品ならみんなわかってもらえると思います」(ナウィン) 小豆島の海岸に現れた、砂でできた子供たちは台湾のリン・シュンロン(林舜龍)の《国境を越えて・潮》という作品だ。像は全部で196体ある。シリア難民の子供がトルコの海岸に遺体となって打ち上げられた悲しいニュースが、この作品のもとになっている。
「私にも同じ年の男の子がいるからショックだった。みんな同じ美しい生命なのに、戦争の犠牲になってしまう子供たちがいる」
子供の像は波や雨、鳥につつかれたりしてだんだんと崩れていく。像は約3か月で崩れていく予定だそう。でも台風が来て一晩で全部崩れてしまってもいいのだ、とリンは言う。砂の部分がなくなると中から、像を支えている鉄の棒と白いバラが現れる。鉄の棒には196カ国の国の名前が書かれている。
「全部崩れると、それぞれの国のお墓ができるんです。消えてしまった子供たちは海というお母さんの子宮に戻って、愛を世界に広げる」 196体の子供の像は日本政府が公認している国の数を現している。でも、国によって公認している国の数は違う。
「言葉が通じなくても子供たちは一緒に遊ぶ。大人はもともと子供だったのに、なぜ変わってしまって壁を作ってしまうのか。私は8年間フランスに住んでいて、ドイツとフランスの国境近くに住んでいる友だちがいた。彼の村はあるときはフランス、あるときはドイツだった。そんなのめんどくさいでしょ(笑)」
台湾で生まれ、日本とフランスで学んだ彼の言葉には説得力がある。 男木島のもと旅館だった建物では「昭和40年会」(会田誠、有馬純寿、大岩オスカール、小沢剛、パルコキノシタ、松蔭浩之)が作品を展示している。単にみんな昭和40年に生まれた、というだけの理由で結成された会だ。 そこで小沢剛が出品している作品はなかなかの問題作だ。電柱などに「明るい未来のエネルギー」と書かれている。福島県双葉町にあった「原子力 明るい未来のエネルギー」という標語を同じ書体で引用したものだ。街に掲げられていたこのボードは福島第一原発の事故後、崩落の危険があるという理由で撤去された。その撤去に反対し、取り外されたボードを保存しているのは子供の頃、この標語を考えた大沼勇治さん。 「負の遺産を未来に伝えようとする彼のアクションに胸を打たれた」という小沢は標語の後半を引用して作品にした。彼は前回の瀬戸内国際芸術祭2013で原子力関連ポスターの写真作品を展示しており、今回の作品はそれに続くものになる。実際には明るくはなかったエネルギーの、皮肉な側面が浮かび上がる。 男木港のすぐ前には韓国のイム・ミヌクが《Lighthouse Keeper》を作った。かつて灯台守が暮らした家に、男木島で見つけた生活用品や灯台のオブジェがインスタレーションされている。明るい外から暗い内部に入っていく、ドラマチックなシークエンスだ。
「イントロダクションからメインストーリー、回想シーン、夢のシーンと映画を撮るように作りました。中は暗いのでとくに映画的だと思います。でも作品を見る人にそのストーリーを押しつけるつもりはありません。観客それぞれの心の中でわきおこるものを大切にしたい」 イム・ミヌクは制作にあたって家の住人だった灯台守を始め、島の人々にさまざまな話を聞いたという。
「記憶を再現するアートです。記憶は過去に属するものではなく、現在または未来のものですから」
私たちが“思い出の品”を大事にとっておくのは、ときどきそれを眺めて過去のすてきな記憶を思い返し、明日への希望にするためだ。彼女の言う通り、記憶は過去のものではないのだ。 豊島ではクリスチャン・ボルタンスキーが2010年に制作した《心臓音のアーカイブ》に続いて《ささやきの森》という作品を作った。森の中にいくつも風鈴が吊されている。風鈴には短冊のようなプレートがついていて、観客が大切な人の名前を残すことができる。風が吹いて風鈴が鳴るたびに、名前を書いた人はその人のことを思い出すだろう。《ささやきの森》は心臓の音を記録して名前を残す《心臓音のアーカイブ》と密接に関係しているという。どちらも音によって誰かのことを記憶する、あるいは思い出すアートだ。
「名前を書くのは一人一人が唯一の存在であることを示すため。そして、死や忘れられることに対する抵抗や戦いを現している。その戦いにはたいてい負けてしまうのだけれど、でも巡礼の場をつくることが大切だと思う」 この二つの作品は恒久設置作品だ。が、豊島でボルタンスキーのトークショーが開かれた際、《心臓音のアーカイブ》に父の心臓音を預けたという人が「百年後もそのまま保たれるのでしょうか」と聞いた。ボルタンスキーは次のように答えた。
「この二つの作品は恒久設置ということになっているけれど、日本にはパーマネントに存在するものはない。西洋ではたとえば聖骸布のようにあるものを聖なるものとして残そうとする。それに対して日本では伊勢神宮のように知の形で受けつぐ。式年遷宮では物は残らないけれど、音楽の楽譜のように建て方という知識は残る。私の作品も『ボルタンスキー作・演奏○○』というような形で残ってくれればうれしい」 犬島では春会期に続いて妹島和世が設計した《犬島「家プロジェクト」》で作品が設置される。おもしろいのは前回の「瀬戸内国際芸術祭2013」で設置された名和晃平や淺井裕介の作品が“成長”していることだ。名和の作品では子供や鹿などが大きくなっている。地面に淺井が描いた絵は敷地内から飛び出して集落の路地などに広がっている。 秋会期が始まる10月8日からは妹島和世+明るい部屋による《犬島 くらしの植物園》がオープンする。西の谷というところにある放棄されていたガラスハウスを中心に庭園を作るというものだ。運営を担当する「明るい部屋」は東京で花屋を営んでいたが犬島に移住し、ここで植物の販売や植物を活かした食や遊びなど「植物にできることすべて」を提案することになる。 これらアート作品のほか、「瀬戸内国際芸術祭2016」では野外演劇やパフォーマンスなどのイベントや、アジア各国の食や伝統工芸が楽しめる高松港の〈瀬戸内アジア村〉など、食も充実している。のんびりした島時間でアートをゆっくり味わえる。