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世界遺産の美術館へ。決定後初の展覧会の楽しみ方を教えます!

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July 21, 2016 | Art, Architecture | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano

祝「世界遺産」決定! その〈国立西洋美術館〉で現在開催中の企画展が『聖なるもの、俗なるもの メッケネムとドイツ初期銅版画』。細かい線でびっしりと描かれた宗教画から、くすっと笑える男女の機微までが並ぶ。じっくり見たい版画や工芸をご紹介します。

世界遺産登録が決まってますます注目を集める〈国立西洋美術館〉。『聖なるもの、俗なるもの メッケネムとドイツ初期銅版画』はここで開催されています。 photo_Tetsuya Ito
フランスの〈ロンシャンの礼拝堂〉など7か国、17施設が「ル・コルビュジエの建築作品」として世界遺産に登録される。大陸をまたいで複数の物件が登録されるのは初めてのこと。〈国立西洋美術館〉はル・コルビュジエが日本に唯一残した建築だ。
イスラエル・ファン・メッケネム《メッケネムと妻イダの肖像》(エングレーヴィング)。夫婦のダブルポートレイトは当時まだ珍しかった。メッケネムが新しい表現を積極的に取り入れていたことがわかる。 大英博物館(c)The Trustees of the British Museum
『聖なるもの、俗なるもの メッケネムとドイツ初期銅版画』は世界遺産登録後に初めて開かれる展覧会ということになる。15世紀後半から16世紀初頭のドイツで活躍した銅版画家、イスラエル・ファン・メッケネムの作品を中心に工芸なども含めて約100点が並ぶ。メッケネムの版画はどれも1点ものだ。当時は1つの版で100枚程度刷られたと思われるが、残っているものは少ない。また近年、発行されたカタログ・レゾネ(全作品リスト)には約500点が収録されているが、実際はもっと多かったと思われる。

メッケネムは銅版画家として大きな成功を収めた。40代のころ、街の中心に家を構えていたとの記録が残っている。また彼の没後2年後に出された書籍には「ヨーロッパ中で人気」と書かれている。メッケネムの銅版画に色をつけたものなども残っているが、彩色されたのは約100年後のことだ。刷られてから1世紀たっても彼の銅版画が大切にされていた証だ。
イスラエル・ファン・メッケネム、ドメニクス・ロッテンハマー《磔刑》(エングレーヴィング、水彩、不透明水彩、金と銀のハイライト)。刷られてから約100年後に着色されたもの。メッケネムの人気が長く続いたことを示す。 コーブルク城美術館 Kunstsammlungen der Veste Coburg/Germany, www.kunstsammlungen-coburg.de.
展覧会タイトルの「聖なるもの」は宗教画を、「俗なるもの」は世俗画を指す。宗教画は聖書に基づくモチーフを描いたもの。メッケネムの銅版画も、お祈りの時に使う祈禱画として人気を得たようだ。商売上手なメッケネムはここで、似たような図柄で大中小とサイズを変えて制作したりしている。「お求めやすいお値段のものもございます」というわけだ。12の聖人を2人ずつペアにして6点シリーズにしたものも。宗教画には病気の治癒など、お守り的な役割も期待されていた。「セットでお持ちになるとご利益が」などというセールストークが行われたのかもしれない。
イスラエル・ファン・メッケネム《聖グレゴリウスのミサ》(エングレーヴィング)。2万年分の免罪が約束されるという版画。 ミュンヘン州立版画素描館 (c)Staatliche Graphische Sammlung München
さらに、メッケネムの作品の中には「この絵の前で祈れば2万年分の罪が許される」などというものもあった。こういった免罪符的な銅版画を手がけたのはメッケネムが最初だとされる。いつの世にもこんなちゃっかりしたビジネスマンと、ラクして救われたいと願う人はいるものだ。

メッケネムの時代の宗教画では先人たちの絵をコピーしたものが多く見られる。左右反転(版画なので)しただけの丸写しに近いものもあれば、複数の作品からちょっとずつ引用してコラージュしたものもある。当時は著作権という概念がきちんと確立していなかった。また、この頃の画家は自己表現の手段として絵を描いていたわけではなく、お祈りのためのツールとしての絵を量産していた。アーティストというよりは職人に近い立場だったのだ。
マルティン・ショーンガウアー《中庭の聖母子》(エングレーヴィング)。壁に囲まれた中庭は聖母マリアの純潔を象徴する。 ミュンヘン州立版画素描館 (c)Staatliche Graphische Sammlung München
イスラエル・ファン・メッケネム マルティン・ショーンガウアーに基づく《中庭の聖母子》(エングレーヴィング)。ショーンガウアーの版画を左右反転しているが、細部には違いがある。メッケネムはちゃっかり自分のサインまで入れている。彼は他にもデューラーなどをコピーしている。 ミュンヘン州立版画素描館 (c)Staatliche Graphische Sammlung München
そのため、当時はそっくりな版画を作ってもとくにとがめられることはなかったようだ。ただ、真似された一人であるアルブレヒト・デューラーは裁判所に訴えた、との記録がある。さらに1511年に出版した本に「デューラーによって印刷された」と記載し、「私はローマ教皇から許可を得ており、コピーした者には厳罰が下る」との注釈をつけている。今回は出品されていないが、キリストを思わせるデューラーの有名な自画像は自我を強く感じさせるものだ。彼は表現する主体としての画家という、近代的なアーティスト像の先駆けとなった人物だった。メッケネムは“職人からアーティストへ”という流れの、ちょうど端境期にいたことになる。
イスラエル・ファン・メッケネム アルブレヒト・デューラーに基づく《恋人たちと死(散歩)》(エングレーヴィング)。不倫関係?とも思われる男女を描いたもの。左に描かれた、頭に砂時計を載せた死神には現世での肉欲もいつか亡びるという教訓が込められている。 ミュンヘン州立版画素描館(c)Staatliche Graphische Sammlung München
一点ものの油彩画に比べて量産がきく分、安価な銅版画には、宗教以外の俗っぽいモチーフ(世俗画)もよく描かれた。その中でも人気があったのは男女の駆け引きに関する絵だ。家庭の主導権を巡って夫婦げんかをする妻と夫、女性が持つ褒美の指輪を巡って踊らされる男たちといった版画のほか、不倫を扱ったと思われるものもある。キリスト教ではもちろん不倫は御法度だが、人の好奇心は抑えきれないものなのだ。
イスラエル・ファン・メッケネム《狩人をあぶる野うさぎたちのオーナメント》(エングレーヴィング)。銅版画は金工細工のデザインの参考や、装飾としても楽しまれていた。この版画はその一つ。うさぎが狩人を火であぶり、猟犬を鍋で煮込んでいるという、うさぎのリベンジだ。 大英博物館 (c)The Trustees of the British Museum
量産される版画は今の雑誌などに近いもの。油彩画や壁画が行政の執務室や教会などを飾るオフィシャルなものが多いのに対して、版画からは庶民が何を求めていたのかが垣間見える。神への祈りから色恋沙汰まで、500年前の人々も今もあまり変わらないな、と思えて面白い。

聖なるもの、俗なるもの メッケネムとドイツ初期銅版画

〈国立西洋美術館〉
東京都台東区上野公園7番7号
TEL 03 3475 2121。〜9月19日。9時30分〜17時30分(金曜は〜20時)。月曜休。1,000円。公式サイト

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