September 17, 2019 | Architecture, Travel | casabrutus.com
スコットランドを代表する建築家、チャールズ・レニー・マッキントッシュ(1868-1928)。崩壊寸前だった彼の名建築〈ヒルハウス〉を保護する〈ヒルハウス・ボックス〉がついに完成。いろんな角度から観察できるようになった。

スコットランドのグラスゴーから小一時間、小高い瀟洒な住宅地に立つ〈ヒルハウス〉は、チャールズ・レニー・マッキントッシュの代表作。この名建築の修復に向け、それをすっぽり覆って保護するさや堂〈ヒルハウス・ボックス〉が話題になっている。デザインしたのは注目の建築ユニット、カーモディ・グローク。ロンドンのスタジオで、アンディー・グロークに話を聞いた。

Q:マッキントッシュとの出会いからお聞かせください。
A:12歳のとき、父に連れられて〈グラスゴー美術大学〉を訪問したのが最初の出会いです。写真などで見るのとはまったく異なる圧倒的な空間体験は、将来建築家になることを決心するきっかけになりました。その〈グラスゴー美術大学〉が焼失したことで、〈ヒルハウス〉はどうしても守りたいという思いがありました。

Q:私邸として建てられた〈ヒルハウス〉ですが、1982 年から歴史的建造物やランドスケープを維持管理するナショナル・トラストによって、一般公開されてきました。
A:〈ヒルハウス〉は出版社を経営していたウォルター・ブラッキーがマッキントッシュに依頼し、1901ー1904年に建てられたものです。当時、このあたりの屋敷といえば、赤い石造りの伝統的なものです。一方、こちらはスコットランドの城を思わせるタワーもあれば、アールヌーボーや南ヨーロッパの影響もあり、さまざまなスタイルを取り込み、非対称的なフォルムの全くユニークなデザインになっています。そして最大の特徴は、外観を白いセメントの漆喰で覆っていること。インテリアも伝統的な家の作りとは全く異なり、日本の影響も感じさせる間取りが独特です。全体にダークウッドを基調にしながら、妻のマーガレット・マクドナルドが手がけた女性的な白いインテリアの部屋もあり、家族構成や用途に合わせて、丁寧にデザインされています。ガーデンも含めてトータルでデザインされていることも特徴です。

Q:確かに日本的なものを感じる部分はあります。非常に丁寧に設計されていますが、残念ながら問題も多かったとか。
A:そうなんです。安価な石材の上にセメントで漆喰を施こしたことが致命的でした。このあたりはとにかく雨が多く、丘の上なので横殴りに風雨が吹き付けます。セメントには通気性がないので、雨水が隙間から侵入すると水分が中に閉じ込められ逃げ場がありません。そして下の石材には気泡があって水を吸収する。建物全体が水分を吸収するにつれ、セメントにもヒビが入り、さらに水が侵入するという悪循環です。さまざまな修理が施され、なんとか120年近く生き残ってきたわけですが、いよいよ本格的な修理をしないと崩壊する状態になっていました。

Q:水の中で溶けかけてる錠剤みたいだったと聞きました。
A:ええ。それで修復を前提に、まずは屋敷全体を足場とシートなどで覆って保護することがほぼ決まっていました。修復期間や方法も目処は立っていないのですが、ひとまずその期間もビジターを迎えるため、カフェや展示スペースのある仮設パビリオンをガーデンに建てようと、デザインコンペがあったのです。

Q:つまり〈ヒルハウス〉の外観は全く見えないように覆ってしまうはずだった。
A:そうです。修復期間は10年以上掛かるかもしれないのに、建物全体を工事中の覆いで隠してしまうのは残念過ぎますよね。それで屋敷が見える状態で風雨から守る”さや堂”をデザインし、カフェやショップなどもその中に入れるというアイディアを提案しました。〈ヒルハウス〉はガーデンも含めてデザインされているので、そこにパビリオンを建てるのもよくないし。
Q:なるほど。それでその案が通ったのですね。
A:はい、熱意が伝わったのかなと思います。まずは建物を「乾かす」ことが目的なので、風雨から守りつつ透過性があり、建物が外からも見えるもの、組み立てや解体が容易な軽い構造のものをと考え、高圧線の鉄塔からアイディアを得ました。ボルトで組み立てられる細いスチールのフレーム。そこにスチールのリングを組み合わせたメッシュを取り付けたもので、すっぽり覆うことにしたのです。

Q:レースのカーテンのように、適度に透けてる見えるのも面白いです。
A:建物の周りに草木があるので、メッシュの穴は蜂が通り抜けできる大きさになっています。使われたリングの数は3000万個以上もあり。この種のストラクチャーでは世界最大です。

Q:建物をぐるりといろんな角度から観察できるように、階段やスロープで建物を見下ろせる位置まで上がることができることも、素晴らしいアイディアですね。
A:まるで建築模型を見るように建物を観察できるのは、想像を上回る面白さがあり、私もマッキントッシュのデザイン的工夫などを改めて発見しました。例えば、屋根にある明り取りの窓は、煙突の部分に光を反射させてから光を取り入れるデザインだったんだ、とか。マッキントッシュが考えていたことがいろいろ見えてきて、とても勉強になります。

Q:建物の欠陥部分もわかりますが、いろんなデザイン的工夫に気付きます。また、外側を向けば美しい景観も楽しめるし。天体観察のイベントなども開催されてるとか。カフェやショップは別の建物になっていますね。
A:意外な楽しみ方が広がっているようです。今後、どうやって修復していくかもかもじっくり検討できると思います。最新技術やハイテク素材で修復することが、果たして保存になるのかなど、歴史的建造物の修復には多くの課題があります。〈グラスゴー美術大学〉に関しても、現代の建築基準を満たたすためには、同じものは再建できません。こうした議論の場にもなればと思っています。
Q:この”ボックス”で保護されてから数ヶ月で、壁の水分が10%ほど低下したと聞きました。建築家になるきっかけとなったマッキントッシュへの恩返しができましたね。
A:本当ですか? それは嬉しいです。修復のための仮設のものですが、5年ぐらいはこのままだと思います。マッキントッシュ建築を深く味わえる機会だと思うので、ぜひ、足を運んでみてください。
