May 17, 2016 | Architecture, Travel | casabrutus.com | photo_Shigeo Ogawa
text_Naoko Aono
editor_Keiko Kusano
中に入って見上げるとアニッシュ・カプーアのアートみたいにも見える建築が直島にできました。三分一博志が設計した〈直島ホール〉は自然の風の力で快適な環境を作り出す建築。直島に伝わる、昔からの知恵が生きています。
南北に風が抜ける入母屋の屋根がある〈直島ホール〉。全体がなだらかな丘のよう。
〈直島ホール〉が作られたのは「瀬戸内国際芸術祭」の会場にもなっている直島の本村地区、石井和紘の設計で有名な直島町役場のすぐ近く。総ヒノキ葺きの屋根としてはおそらく世界でも最大級の大きさだ。巨大なアート作品のような内部は、これも日本最大級かと思われる漆喰塗りによるもの。白い漆喰が塗られた曲面に光が回って、距離感がわからなくなる。
天井には一面に漆喰が塗られた。上にある開口部から中の空気が引き上げられていく。中央はステージ。手前の客席は畳敷きにしたり、椅子席にしたりと自由に使える
設計した三分一博志は瀬戸内を拠点とする建築家。2011年には直島からほど近い犬島で廃墟となっていた製錬所を再生した美術館〈犬島精錬所美術館〉で日本建築大賞、日本建築学会作品賞を受賞している。
〈直島ホール〉は町民のための多目的施設。舞台があり、女性だけで人形を遣う直島独自の「直島女文楽」の公演やスポーツ・レクリエーションに使われる。広い床は畳を敷いたり椅子を置いたりと自由度が高い。
この建物の最大の特徴は天井にあいたスリットだ。その上にかけられた入母屋の屋根には、ほぼ南北に向かって三角形の開口部がある。この付近では南から北に風が抜けるようになっていて、屋根の三角形の開口から風が入ると、その時に生じる圧力差によってスリットから室内の空気が上に上がり、屋根から抜けていって、自然に換気が行われる仕組みだ。
夜の景色も幻想的。総檜の屋根の質感が美しい。
〈直島ホール〉は盛り土をし、その中に埋まっている。床下にも空気の通り道があり、床に開けられたスリットからかすかな風が入ってくる。
「建物が半分地下に埋まっているようなもの。風の効果と相まって、夏は涼しいと思います。」と三分一は言う。
盛り土の上に埋まって建つ〈直島ホール〉。盛り土の地熱と外気の温度差により、夏場は冷却され、冬場は暖められた空気が床下から出てくる。
三分一はこの建物を設計するにあたって2年半近くリサーチを積み重ね、〈直島ホール〉がある本村の家の間取りと配置にある法則があることに気づいた。直島に残る旧家の区割りは南の山間の谷から北にある港に向かって開いた扇型に沿って、ほぼ碁盤の目状に並んでいる。家は中央に二間の続き間があり、その南北に縁側が、さらにその南北に庭がある。庭と庭を結んだラインは、谷と港を結ぶ扇の“骨”に沿っている。このラインは風の通り道なのだ。
別棟には寄り合いや住民の娯楽に利用できるスペースがある。こちらでは井戸の水を屋根にかけ、内部の空気を冷やす仕組みが採用された。
「庭〜縁側〜続き間と風が抜けることで、南北に隣り合う家も風が抜けていきます。本村の集落は風をリレーする集落といえます。扇の中心には棚田やため池があり、夏は水面を通った涼しい空気が北に向かって流れていたのでしょう。家の向きが風向きを示してくれている。先人の知恵はすごいな、と思いました」
〈直島ホール〉近くの水路。直島の人々は水や風を分け合いながら暮らしてきた。
こんなふうに風や水の流れを計算し、門や塀で囲まれた屋敷型の、住み心地を重視した家並みが残っている直島は、瀬戸内海の島の中でも稀なようだ。アートの島として知られる直島は、中世から続く風、水、太陽の恵みを最大限に活かす知恵も伝えられた島なのだ。
池に張り出した舞台も。水で冷やされた涼しい風が渡っていく。水面に映る景色も楽しめる。
〈直島ホール〉
香川県香川郡直島町696番地1 TEL087 892 2882(教育委員会)