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今すぐ行きたくなる、湯布院に誕生した隈研吾設計の小さな現代美術館。

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November 22, 2017 | Art, Architecture, Travel | casabrutus.com | text_Yoshio Suzuki editor_Keiko Kusano

行ってみたい温泉、また行きたい温泉としてしばしば話題になる大分県・湯布院。この地に小さいけれど、とても価値の高い美術館〈COMICO ART MUSEUM YUFUIN〉ができた。町のメインストリートからも近い場所。必見の建築と美術作品を紹介しよう。

2つの展示室をもつ美術館内観。作品搬入前。

湯布院という憧れの温泉地に美術館ができたことが、まずは話題になる。もともと山あいの温泉地だった湯布院。そのいちばんの魅力は、湯量が豊富で広い範囲に源泉があるので宿はそれぞれ比較的広い敷地をもち、川端、林の中、丘の上などに個性のある温泉宿が点在していることだ。高層ビルづくりの大型ホテルもなく、いかにも温泉にありそうな歓楽街もないことも魅力だ。近年では外国人客も多い。特に福岡空港からのアクセスもいいことから、アジアからの観光客で賑わっている。

〈COMICO ART MUSEUM YUFUIN〉はJRの駅やバスターミナルからも歩ける範囲ながら、落ち着いた雰囲気の地域にある。木造2階建てで2階のラウンジとテラスからは由布岳(標高1,583m)が見える。

盆地である湯布院の町はどこからでも由布岳が見える。 photo_Yoshio Suzuki

この〈COMICO ART MUSEUM YUFUIN〉を手がけた建築家は隈研吾。彼が設計した〈新国立競技場〉がまさに建設中だが、美術館としては、これまで〈長崎県美術館〉、〈サントリー美術館〉、〈根津美術館〉などを作ってきた。この美術館は規模的にはそれらの美術館とは比較にならない小さな建物ではあるが、隈研吾のエッセンスが行き届いた完成度の高さを見せている。

まず特徴的なのは外壁だ。黒く焼いた焼き杉が使われている。遠目には周囲の緑の中に黒い建物があると見えるだけだが、近づいてそばで見ると杉ならではのテクスチャーや木の温かみが伝わってくる。生成りや塗装した木材とは異なる経年変化も楽しみである。

美術館というと建築はミニマルに、コンクリートの箱のようなものが現代の主流ではあるが、今回はこの規模であること、そして周囲の環境に溶け込むことを最大限考慮し、このような材料の選択を下したのだろう。

焼き杉の外壁、長い庇をもつ屋根が特徴である。

この美術館を設計するにあたって、湯布院という場所からどのようなインスピレーションを得られたかという質問に隈研吾はこのように答えている。

「由布岳と村を横切る川がここ湯布院の大きな特徴を成しています。この敷地には由布岳の雄大さが迫り、身近には川の流れやせせらぎが感じられる。立地が大きな仕事をしてくれていました。角張った小さな屋根を与えたのは、川のそばを野鳥が飛んでいるイメージです。川と建物の関連性を表現しました。さらに小さな家々が集まっている湯布院にあって違和感なく馴染むようにという狙いもあります」

都会の中で文化的施設としての威風を誇る美術館ではなく、小さな家々が集まる「ムラ」、この地域を捉えての回答としてこの建物がある。

では展示室など内部、そして、展示作品を見ていこう。1階は2つの展示室、レセプションロビーやロッカールームなど、そして2階はラウンジとテラスで構成されている。

〈GALLERY 1〉村上隆の2つのシリーズ《そして、そしてそしてそしてそして》(写真右側)と《雪月花》(写真正面と左側)が1つの展示室にうまくまとまっている。 photo_©NHN JAPAN Corp.

〈GALLERY 1〉に展示されるのは村上隆の作品6点だ。村上の自画像とも言われているキャラクターDOB君が登場する2つのシリーズである。《そして、そしてそしてそしてそして》と《雪月花》。DOB君を作った時のことを村上はこんなふうに書き留めている。

「“ドラえもん” とか、セガの “ソニック・ザ・ヘッジホッグ” とか、当時日本のマンガやゲーム(のキャラクター)が、ようやく日本国以外でデビューしてきた時期とも重なり、戦略的ではなくて日本のアイコンというものがドメスティックなところから出てきている。これを自分なりに芸術にしようと思って、DOB君をデビューさせました」(村上隆『芸術闘争論』2010年)。

さらに、村上がDOB君を考えた時期はジェニー・ホルツァーやバーバラ・クルーガーといったアーティストのメッセージアートが日本でも紹介された時期と重なり、「現代アートのキーは言葉だ」と喧伝される風潮があった。しかし、村上はあえてまったく関係のない言葉を使って、ある試みをした。マンガ『いなかっぺ大将』の主人公のセリフ「どぼじて、どぼじて」、さらにコメディアン由利徹の「おしゃまんべ」を組み合わせ、「どぼじて、どぼじて、おしゃまんべ」という言葉を羅列し、メッセージアートを冷ややかに見ていることもある。

それはともかくDOB君は耳にD、顔にはO、もう一つの耳にBが描かれていて、キャラクターでありながら文字も持っている。

《And Then... All Things Good and Bad, All Days Fine and Rough》 2014年。カンヴァスにアクリル。100✕100 cm。 ©2014 Takashi Murakami / Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

DOB君というキャラクターはさまざまな形に変容し、ヴァリエーションを持つ。たとえば、日本の季節感を取り入れ、伝統的な意匠にもなっている「雪月花」の中に置くこともある。ちなみにこの作品は村上の日本国内での初大規模個展『召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか』(2001年・東京都現代美術館)で発表されたものだ。

《雪月花三幅対より月》2001年。カンヴァスにアクリル。180✕180cm。 ©2001 Takashi Murakami / Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

この美術館は村上隆のペインティグ作品が常設で見られるという点でも貴重である。村上は活動の舞台を早いうちから世界と定め、海外でも急速に人気が出たこともあり、日本国内の美術館で作品を所蔵しているところは少ない。大型ペインティングに限っていうと、金沢21世紀美術館の《コスモス》くらいではないか。ここに来れば、いつでも大型作品、しかもシリーズものが見られるのである。

〈GALLERY 2〉には杉本博司の《海景》シリーズが並ぶ。構図は同じ。しかし、昼、夜、晴天、霧など全部違う海。 photo_© NHN JAPAN Corp.

もう一方の展示室〈GALLERY 2〉にはやはり日本を代表する現代美術家である杉本博司の代表作《海景》シリーズが5点展示されている。杉本が1980年から制作しているこのシリーズ。画面上半分は空、下半分は海、あとはなにもない。古代の人間が見た風景と現代の我々が見られる同じ景色はあるだろうか。それをテーマにして、世界の海を撮影してきた。

〈COMICO ART MUSEUM YUFUIN〉の杉本作品コレクションには、シリーズ第1作目、1980年に撮ったカリブ海(ジャマイカ)もある。杉本はこれを撮影したとき、これは自分の心象風景だという手応えがあったという。

《CARIBBEAN SEA, JAMAICA》 1980年。銀塩写真。152.4✕182.2cm (framed)。 ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

その後、現在に至るまで杉本は「海景」を撮り続けているが、この美術館ではカリブ海のほか、イオニア海、エーゲ海、カテガット海峡、スペリオル湖の静謐な海がそれぞれの違った表情を見せている。

《LAKE SUPERIOR, CASCADE RIVER》1995年。銀塩写真。152.4✕182.2cm。 ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

ここにある5点の海は昼もあれば、夜もある。晴天もあれば霧の日もあった。

淡水湖であるスペリオル湖を撮影したときのこと。杉本によればこうだ。「湿気も違うし、いつでも薄い霧のようなものが漂っている。朝になって空が白んでくると普通は水平線が赤くなってきて、陽は出るけれどもそこではそうではなく、水蒸気が白くなって本当に空が真っ白になる。空全体が均一に白くなって夜が明けてくる。空が真っ白だから反射する水も白くなる」。

村上隆と杉本博司という現代を代表する二人のアーティスト。その二人の作品だけを常設展示(今後いろいろな展開もあるかもしれないが)する美術館というだけでユニークである。そもそもこの二人、六本木の森美術館で杉本は2005年、村上は2015年〜2016年大規模個展を開催したトップクラスのアーティストだ。世界中の美術館が彼らの作品を収集することを夢見ている。この小さな美術館は軽々と実現してしまった。二人の作家の真髄を凝縮する形で。

しかし、絵画と写真というばかりでなく、作風も作家として拠って立つところもまったく異なる村上と杉本。見る側、見せる側がどう折り合いをつけるか。それに対して、建築家・隈研吾が明確な回答を与えた。それは展示室から展示室に移ることはできないようにしたこと。隈は語る。「建物の中央に水盤を設けて、2つの展示室を直接に行き来することができないつくりです。あえて遠回りさせることで、美術館の外に広がる豊かな自然を様々な角度から感じられるようにしました」。

濃密な作品世界を堪能したあと、一度必ず展示室の外に出て、気分を鎮め、空気を吸い、そして再び鑑賞するというわけだ。

美術館の庭。ここを通って、展示室を移る。奥の建物は研修棟。

立地も、サイズも、コレクションも異例でありながら、美術ファンも注目するこの〈COMICO ART MUSEUM YUFUIN〉を作ったのは誰?という疑問が当然出てくるだろう。美術館名に冠された“COMICO”はNHN JAPANの事業の一つでWebコミック、マンガ、小説、映画などを提供する総合エンターテインメント・プラットフォーム。この美術館は芸術をより多くの人々と享有しうる文化的施設とすることを意図し、公開されている。

というわけで、収蔵作品、建築、庭園ともぜひ見てみたいところだ。福岡あたりからなら、美術館+日帰り温泉も可能。関西や関東からなら美術館+温泉一泊での充実の小旅行をお薦めする。

美術館のエントランス。ロゴなどのデザインは原研哉による。

〈COMICO ART MUSEUM YUFUIN〉

大分県由布市湯布院町川上2995-1
。JR久大本線 由布院駅、由布院駅前バスセンターから共に徒歩で約15分。駐車場なし。9時30分~17時30分(ツアー実施時間は9時40分~16時)。休館日は隔週月曜日(施設整備などにより休館日を変更の場合あり)。入場は日時指定のWeb予約・定員制で、ツアー形式により観覧する。入館料1,500円。

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