March 6, 2025 | Art, Culture | casabrutus.com
気鋭のロシア人女性写真家クリスティーナ・ロシュコヴァによる日本初個展『BLISS OF GIRLHOOD』が、神楽坂のギャラリー〈写場〉で3月21日まで開催中だ。出会った少女たちとたわむれるようにして撮った作品群には、はかなく過ぎ去っていく少女時代のきらめきが確実に写り込む。新時代の少女写真の登場だ。オーナーは実績豊かな製本所、運営には業界のトップを走るフォトグラファーとクリエイティブディレクターが携わる異色のギャラリーはこの展示にどんな思いを込めたのか、〈写場〉のキーパーソン3人に話を聞いた。



ドラキュラの歯のようなオモチャをつけた少女の口元。顔の上におもちゃのスライムを塗りたくる、小さな赤い爪。草原でたわむれる軽快な姿のロングヘアの女の子たち……。ロシア・モスクワから東へ約1500kmの街、ペルミに1996年に生まれたクリスティーナ・ロシュコヴァ。彼女が故郷で過ごした2022年の夏に出会った少女たちを撮影した『The Bliss of Girlhood(少女期の至福)』は、自主制作で発表するなり大きな話題を呼んだ。『i-D』や『PhotoVogue』で賞を受けるなど、にわかに注目を浴びたのだ。


「ロシュコヴァの写真を見た瞬間、これは絶対『写場』で展示をやりたい!と思いました。この世界観が突き刺さる層がきっといると。チームの皆にすぐにシェアし、開催に至りました」と話すのは清水恵介。YouTubeチャンネルから始まって絶大な支持を集めるプロジェクト「THE FIRST TAKE」などを手がけるクリエイターである清水は、〈写場〉のクリエイティブディレクター/アートディレクターだ。さらにファッション写真をメインに活躍し、「THE FIRST TAKE」の撮影を行うなど清水とも親交の厚いフォトグラファー・長山一樹がディレクターを務める。

〈写場〉は、神楽坂で長く営業を続ける製本所・望月製本所によるギャラリー。元は製本所の倉庫だった空間で何かできないかという相談が、代表の江本昭司から二人のところへ舞い込み、2023年7月にギャラリーとしてオープンしたという。長山が話す。
「相談を受けて僕も清水さんもぜひギャラリー運営をご一緒したい! と。いわゆる普通の倉庫だったところからフルリノベーションしていただき、ギャラリー空間にしました。とはいえ誰にも経験はないので(笑)、何もかも手探りでしたが、ルールとして決めたのは、せっかく製本所がオーナーのギャラリーなのだから、展示の際には必ず作品集を作ろうということ」

これは〈写場〉のギャラリーとしての大きな特徴。製本所がギャラリーを持つのはかなり稀で、「おそらく世界にもほかに見当たらないです」と江本。
「本を作るのがコスト的、時間的になかなか難しくなってきているなかで、展示に付随して最低限の負担だけで作品集を作れるのは、アーティストにとって大きなメリットになっていると思います。実際、初めての作品集を作れた、と喜んでくださる作家さんもいて、すごくやりがいを感じるんです」
ロシュコヴァ展でももちろん、同タイトルで写真集を出版。ソフトカバーとハードカバーの2種類、かつ、写真の世界観にもマッチする淡いトーンの表紙違いで各3バージョン。日本ではほぼ無名の作家の作品集ながら、合計6種類を出版という贅沢さは、製本所運営ならではのことだ。

「印刷と製本を確かな方々がやってくださるおかげで、とてもクオリティの高い本が出来上がる。ずっと好きだったいくつかの海外のインディペンデントの出版社に匹敵するようなレーベルに育つのではないかと期待しています」(清水)
「先行発売のソフトカバーのバージョンは、『写場』としてブースを出した昨年末の東京アートブックフェアでお披露目しました。たくさんの来場者の方に見ていただくなかで、ソフトカバーはパラパラパラと片手で一覧できるよさがあるんだなあと実感しましたね。重いハードカバーだと、両手で持って1枚ずつ見ていかないといけないから。ただ、そうやって見てもらえると、本を買っていただけることが多かったのは、やはりロシュコヴァの写真の引力だと思います」(長山)

今回のロシュコヴァ展は、「写場」が始まって以来初めての海外作家の個展。さらにロシア拠点とあって、思わぬ困難もあったそう。「現在のロシアでクリエイターでいることに伴う難しさを、今さらながら知りました。今回の展示のプリントは全部日本で行っているのですが、彼女の写真は扇情的とみなされかねないために、ロシアでプリントができないなど、驚くような障壁があったのです。若いクリエイターが海外で展示したいという思いが、そんな風に阻まれてしまうとは思いもしなかった。せっかく出来上がった写真集も、検閲のおそれがあるためにまだ届けることができていません」(江本)
「僕は今回の作品集のデザインを行ったので、繰り返し繰り返しロシュコヴァの写真を見ることになりました。セレクトはあまり意味を感じさせないような見開きの組み合わせなのに、その2点が一緒になることで、なにか違うものが立ち上がってくるのをふんわりと意識しています。少女時代ならではのきらめきに加えてグロテスクさやエロティシズムみたいなものが、ロシュコヴァ作品には通底している。それをデザインで強く出そうとするより、にじみ出てくるような感じになるといいなと。彼女との会話はロシア語通訳を介しながらだったので、どうしても言いたいことが伝わらずに“ロスト・イン・トランスレーションだ!”というような局面もありましたけど(笑)、お互いに満足のいく、いい作品集になったかなと思っています。だからこそ、彼女が身を置くロシアという国の、都合の悪いことや海外からの情報はシャットアウトされる情勢を思うときに、写真にもまたすごく感じるものがある。一人でも多くの方に見てほしいです」(清水)


展示は『BLISS OF GIRLHOOD』シリーズから大小30点。ロシュコヴァのアイデアという大判のオーガンジープリント作品や、工藤司によるファッションブランド〈kudos〉とのコラボレーションTシャツも展示される。展示写真のセレクトや監修を行った長山には、大きな刺激があったようだ。
「ロシュコヴァ本人が来日できなかったこともあり、僕が展示作品のセレクトなどを行いましたが、衝撃的なことがいくつもありました。たとえば同じ写真のモノクロとカラーが入っていてどちらを選んでもよかったり、作品にものすごいトリミングを行っていたり、画像の調整を感覚的にかけていたり……。しかもその痕跡を隠す気持ちがまるでない。写真に向き合うそういう軽やかな態度は、僕とはもう真逆(笑)! 銀塩フィルムだの、何億画素のカメラだので、考えに考えてシャッターを切る写真を撮ってきた自分としては、ロシュコヴァの写真はなんと自由なんだと思いました。トリミング自体は抜群のセンスだし、画像の調整も結果的にすごくかわいい写真になっているからそれでいいんだという態度は、今っぽいなあと羨ましくすらあります。そんな衝撃を受けながら作り上げた展示なので、ぜひご覧になっていただけたいです」
そよ風が吹き抜けていくような、かわいくて軽やかなロシュコヴァ写真は、春めくこの季節にもぴったり。うららかな日の散歩の途中に、神楽坂散策の途中に、ぜひ訪れてみてほしい。
クリスティーナ・ロシュコヴァ
1996年ロシアのペルミ出身、ペルミ大学で哲学を学ぶ。友人からカメラを渡されて写真を撮るようになったことがきっかけで、ロシアの写真アカデミー〈Fotografika〉で写真についての勉強を始める。在学中の2020年に始めたプロジェクト《DACHA》(旧ソ連で一般的だった農園付きの別荘)を撮ったのシリーズがPOY Asiaで賞を取ったことをきっかけに、世界のメディアから注目を集める。
『THE BLISS OF GIRLHOOD』
〈写場〉東京都新宿区築地町8渡辺ビル1階。〜2025年3⽉21⽇。13時〜18時。日・月・火曜休。⼊場料無料。