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白井晟一の建築と語り合う須田悦弘の木彫の花|青野尚子の今週末見るべきアート

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January 30, 2025 | Art, Architecture | casabrutus.com

本物そっくりの雑草や花を木から彫り出す須田悦弘。建築家・白井晟一が設計した〈渋谷区立松濤美術館〉で彼の個展が開かれています。初期の作品から、この建物にあわせて作った新作までが並びます。

卒業制作の《朴の木》1992年(作家蔵)。周囲の壁などはこの展示のために再制作したもの。

多摩美術大学でグラフィックデザインを学んでいた須田悦弘が木彫を始めたのは大学の課題がきっかけだった。お題は「スルメ」。その時に彼はデザインと同じくらい木彫も面白い、と感じたのだそう。卒業制作では細長い空間を作り、その奥に朴の花が置かれた《朴の木》を発表した。

《スルメ》1988年(作家蔵)。須田が木彫に向かうきっかけになった作品。

初期作品の一つ、《東京インスタレイシヨン》が最初に展示されたのは美術館やギャラリーではなく、路上だった。銀座の屋外駐車場に細長い“部屋”が置かれていて、中に入ると木彫の朴の葉と実と向き合える。展示空間自体を作品としたのだ。今でこそ、それは一般的になった考え方だけれど、90年代前半の当時はまだ珍しいものだった。展示室では当時のドローイングや記録写真も見られる。当時の情熱が伝わってくる。

《東京インスタレイシヨン》1994年(山梨県美術館寄託)。銀座の駐車場で発表された。

須田はさまざまな花や草をモチーフにしているが、どの植物にするかは好みで決めることが多いという。時季についても、必ずしもその季節に咲いている花とは限らないそうだ。が、場との関わりは重要だと考えている。この建物は前述の通り白井晟一によるもの。須田はここを「特殊な建物だと思う」という。

新作の《チューリップ》2024年(作家蔵)。ガラス窓から噴水が見下ろせる。

「平らな壁がほぼなくて真ん中に池があり、その周りがガラスで覆われている。展示室の壁が布張りになっているのも珍しい。展示しづらいこともあるかもしれないけれど、個人的にはこんな変わった空間は好きですね」(須田)

左は《ガーベラ》1998年以降(横浜美術館 賛美小舎 上田國昭氏・上田克子氏寄贈)、右は《ガーベラ》1997年(東京都現代美術館 賛美小舎 上田國昭氏・上田克子氏寄贈)。ドローイングはコレクターの依頼を受けて描いたもの。須田は木彫を制作する際にはドローイングや下絵を描かない。

この美術館で彼が特に気になったのは2階の厨房だったスペースだ。2階の展示室は以前はカフェとしても使われており、作品を眺めながらコーヒーがいただけた。今は飲食のサービスは行っていないため、展示室の脇にある厨房は使われていない。廊下から小窓ごしに厨房を覗き込むとそこにサザンカが見える。設計者の白井と須田とが内緒話をしているようにも見える。

《クロユリ》2024年(作家蔵)。白井晟一のエッセイに触発されて制作したもの。

白井は「幻の花」というエッセイで「黒いユリが見てみたい」と書いた。今回の個展では建物のあるところに、それに応えて須田が作ったクロユリが置かれている。12月に行われた公開制作で作った雑草も新たに展示に付け加えられた。木彫の植物は成長しないはずだけれど、展覧会初日と今とでは少しずつ何かが変化している。

〈渋谷区立松濤美術館〉2階展示室。アーチ状の開口部の奥に、補作による作品が並ぶ。

2階のアーチになった入り口があるスペースには「補作」による作品が展示されている。「補作」とは長い歴史を経て欠損してしまった部分を補うこと、またはその作品をいう。須田の最初の補作作品は杉本博司に依頼された《春日若宮神鹿像》だった。そのほかにも狛犬像など、彼が手がけた補作の中にはどこが欠けていたのかわからないほど精巧なものもある。

補作による作品の一つ、《春日若宮神鹿像》鎌倉時代(13〜14世紀)。須田が補作したのは角・榊・姲(平成時代)、瑞雲(令和時代)。鹿の背に鎌倉時代の《五髷文殊菩薩掛仏》が乗っている。公益財団法人小田原文化財団蔵。Photo: Hiroshi Sugimoto

「個人的に古いものが好きで、昔から見ていました。補作のために実際に手に取ることで感じたのは軽い、ということ。これまで補作したものには室町時代から天平時代のものが多いのですが、木が乾いているし、虫に食われていることも多い」

当時の人々の技術にも驚いたという。

「おそらく道具はそれほど変わらないだろうと感じるのですが、どの刃物でどうやって彫ったのだろうと思いました。私にも似たものは作れると思いますが、何かが決定的に違うように思います。何がどう違うのか、言葉にするのは難しいのですが」

この場のために制作した《ドクダミ》2024年(作家蔵)。白井晟一の建築と戯れるかのようにたたずむ。

須田の作品はすぐわかるところに置かれていることもあれば、思いがけないところに現れることもある。作品がどこにあるのか探すのも鑑賞体験の一つだ。作品を探していくうちにこれまで気づかなかった建物のディテールを発見することもあるだろう。見る機会の少なかった初期作品で須田のこれまでも感じられる。「哲学の建築家」とも評される白井晟一の新しい顔も見えてくる。

〈渋谷区立松濤美術館〉外観。設計者の白井晟一はドイツで近世ドイツ哲学とゴシック建築を学び、帰国後、建築家の道に進んだ。撮影:上野則宏

『須田悦弘』

〈渋谷区立松濤美術館〉東京都渋谷区松濤二丁目14番14号。~2025年2月2日。10時~18時(金曜のみ20時まで)。一般 1,000円ほか。

須田悦弘

すだ よしひろ 1969年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。独学で木彫の技術を磨き、主に朴の木で植物をモチーフにした木彫を制作している。1993年、銀座のパーキングメーターに停めた自作のリヤカーで最初の個展「銀座雑草論」を開催。その後パレ・ド・トーキョー(パリ、2004年)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(2006年)、千葉市美術館(2012年)などで個展開催。大倉集古館(2000年)、サンフランシスコ・アジア美術館 (2012年)などで古美術とあわせて自作を展示している。


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