Quantcast
Channel: カーサ ブルータス Casa BRUTUS |
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2761

水のように流れる坂本龍一の音空間へ。『坂本龍一 |音を視る 時を聴く』展レポート。

$
0
0

December 30, 2024 | Art, Culture | casabrutus.com

音楽家としての活動だけでなく、アーティストとの協働でも知られる坂本龍一。2023年に惜しくも没した彼の大型インスタレーションを包括的に紹介する展覧会が〈東京都現代美術館〉で開かれています。坂本の音とアートに体ごと包まれるような空間です。

坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》2007年。©2024 KAB Inc.  撮影:丸尾隆一

イエロー・マジック・オーケストラやソロ活動、映画『ラストエンペラー』などの音楽で世界的に知られている坂本龍一。彼は90年代からマルチメディアを駆使したライブパフォーマンスを展開、2000年代からはさまざまなアーティストとの協働を通して音を立体的に配置する試みを行っていた。現在〈東京都現代美術館〉で開かれている『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』は生前の坂本が残した構想を軸にしたもの。コラボレーションアーティストとして生前の坂本と交流のあった高谷史郎やカールステン・ニコライらが、スペシャル・コラボレーションとして中谷芙二子が登場する。

坂本龍一+高谷史郎《TIME TIME》2024年。シアターピース『TIME』の田中泯の映像や新しく撮り下ろした宮田まゆみが笙を演奏する風景なども組み合わされている。©2024 KAB Inc.  撮影:福永一夫

展示はパフォーマンスグループ、ダムタイプのメンバーでもある高谷史郎と坂本の《TIME TIME》から始まる。モノクロームの映像には謎めいた風景や人物、テキストが現れる。「夢幻能」(※注1)や夏目漱石の「夢十夜」、能「邯鄲(かんたん)」(※注2)などからインスピレーションを得た作品だ。観客はどこまでが現実で、どこまでが夢や空想なのか、判然としない空間に誘い込まれる。

※注1:「夢幻能」
能は大きく「現在能」と「夢幻能」の二つに分けられる。現在能は生きている人間のみが登場するが、夢幻能は亡霊や草木の精など霊的な存在が主人公となる。

※注2:「邯鄲」
盧生(ろせい)という青年が不思議な力を持つ「邯鄲の枕」で一眠りしたところ、50年あまりの富裕な人生を送る夢を見る。目覚めてわずかな時間しか経っていないことを知った盧生は、この世は夢のようにはかないとの悟りを得る。

坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》2007年。見上げると9つの小さな“庭”のような水槽が浮かんでいるのが見える。©2024 KAB Inc. 撮影:浅野豪

同じく高谷と坂本の協働による《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》は1999年初演のオペラ『LIFE』を脱構築したインスタレーション。天井から吊られた9つの水槽に霧を発生させ、映像が投影される。小さな空中庭園が浮かんでいるようにも感じられる。

高谷とのもう一つの協働作品《water state 1》はさまざまに姿を変える水と、不変と感じられる石とが対照的なインスタレーションだ。中央の黒い水盤には“雨”が降っている。雨が降る様子は作品が設置されるエリアの降水量データに応じて変化する。雨によって生まれた波紋は音に変換され、照明とともに微妙に変わっていく。窓のない展示室にいても、いつのまにか移り変わっていく自然環境を感じることができる。

坂本龍一 with 高谷史郎《IS YOUR TIME》2017/2024年。東日本大震災で被災したピアノが置かれている。 ©2024 KAB Inc.  撮影:福永一夫

別の展示室の作品《IS YOUR TIME》で水盤の上に置かれているのは2011年の東日本大震災で被災したピアノだ。その上には四角いスクリーンが浮かび、雪が舞い降りる映像が流れる。被災したピアノを坂本は「自然によって調律されたピアノ」ととらえた。人間が作り出した機械が機能を失い、モノに還っていく、その道行きを思わせる。

カールステン・ニコライ《ENDO EXO》2024年。音楽:坂本龍一。坂本の最後のアルバム『12』からのトラックが用いられている。 photo_Housekeeper

2002年以来、さまざまな形で坂本とコラボレーションしてきた旧東ドイツ出身のカールステン・ニコライ。彼は映像やサウンドなどによる作品を制作しているほか、「アルヴァ・ノト」名義でミュージシャンとしても活動し、映画『ザ・レヴェナント 蘇えりし者』のサウンド・トラックでも坂本と共演している。今回、彼は2つの映像作品を出品した。この短編の映像はジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』から着想した長編映画『20000』の脚本をもとにしたものだ。

「『20000』は坂本とずいぶん前から話し合っていて、彼も楽しみにしていたんだけれど規模が大きすぎて実現しなかった。そこで今回の展覧会のために短編映画を作ろうと思ったんだ」(カールステン・ニコライ)

2つの映像作品のうち《PHOSPHENES》(眼内閃光)は目を閉じたときにまぶたの裏に映るものを表す言葉だ。

「真っ暗な闇の中に見える、ぼんやりとした光だ。説明できないけれど誰もが共感できるものだと思う。僕はこんな、覚醒している状態と夢を見ている状態との間にあるものに興味がある」(カールステン・ニコライ)

もう一つの《ENDO EXO》はヨーロッパの博物館で撮影したもの。動物の剥製や骨格標本が並ぶ光景が映し出される。

「博物館の剥製は生きているように見えるけれど、もちろん生きてはいない。動物には生命があるけれど、博物館に展示されているものには生命がない。つまり、それはもはや動物ではなくて記憶や精神、連続性といったものを表しているのかもしれない。この展覧会には坂本が残していったものがたくさんある。僕の作品は生と死を扱ったものだけれど、展示全体には生の要素がより強く感じられると思う」(カールステン・ニコライ)

坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》2024年。坂本のアルバム『async』が流れる空間に設置された長さ18メートルのLEDウォールに、高谷による映像がリアルタイムで生成され、変化する。映像は坂本のピアノや書籍、庭の植木鉢などを撮影したものをベースに構成される。 ©2024 KAB Inc. 撮影:浅野豪

「async」シリーズは2017年に坂本がリリースしたアルバム『async』を「立体的に聴かせる」ことを意図して高谷史郎、アピチャッポン・ウィーラセタクン、Zakkubalanらと制作したインスタレーションだ。

タイの映画監督・アーティストのアピチャッポン・ウィーラセタクンは『async』から「disintegration」と「Life, Life」の2曲を選び、坂本にアレンジしてもらった。その音源に、自身が愛用する小型カメラを友人たちに渡して撮影してもらった映像を編集、組み合わせて《async-first light》が生まれた。

もう一つの《Durmiente》はスペイン語で「眠る人」を意味する。この映像ではティルダ・スウィントン演じる主人公が眠りに落ちていく様子が描かれる。昼と夜、覚醒と夢の境界線が溶けていくような映像だ。

長編映画デビュー作『HAPPYEND』が各地で受賞を果たして話題となっている空音央と、アルバート・トーレンのユニット〈Zakkubalan〉は映画制作を軸に活動している。彼らは坂本から制作の舞台裏を映像で表現するよう求められた。できあがった映像には坂本自身は登場せず、彼をとりまく風景や気配が映し出される。会場では24台のiPhoneとiPadが配されて、近づくと控えめな音が聞こえてくる。小さなディスプレイは坂本の内面に通じる窓のようだ。坂本が『async』制作のために多くの時間を過ごしたニューヨークのスタジオやリビング、庭などが映し出されて、彼の記憶を追体験するような気持ちになれる。

坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662での田中泯の場踊り。場踊りとはあらゆる場で固有の踊りを即興で踊るというアプローチから生まれる踊り。展覧会の開始前、特別に行われた。Photo: 平間至

美術館の中庭では30分おきに霧によるインスタレーションが現れる。人工の霧のプロジェクトで知られる中谷芙二子と坂本、高谷史郎による《LIFE-WELL TOKYO》霧の彫刻#47662という作品だ。坂本と高谷は以前、《LIFE-WELLインスタレーション》という作品を発表している。これはアイルランドの詩人・劇作家W. B. イェイツの戯曲に登場する、不死の水が湧き出るといわれる『鷹の井戸』からインスピレーションを得たもの。今回、〈東京都現代美術館〉で展開される《LIFE-WELL TOKYO》では霧の動きがカメラでとらえられ、坂本による音に変換される。階上に設置された鏡が太陽の光を霧の中に導く。霧も音も光も、一瞬たりとも同じ場所にとどまることはない。はかない瞬間を積み重ねていくインスタレーションだ。

坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662での田中泯の場踊り。その場所の磁場を受けて踊るかのよう。

今回、参加した作家たちはそれぞれ異なるバックグラウンドを持っている。が、作品には水や夢、記憶といった共通するキーワードが読み取れる。それらは時間によって、また人によってそれぞれ異なる像を結ぶ。カールステン・ニコライのいう「覚醒している状態と夢を見ている状態の間」をゆったりと流れていくような空間が現れる。

坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Images X Images Play Music》1996–1997/2024年。1996年に〈水戸芸術館〉で行われた坂本と岩井俊雄によるコラボレーションパフォーマンスをもとにしたもの。今回は坂本が弾くMIDIピアノのデータと、その様子を撮影した映像データから再現したパフォーマンスをインスタレーションの形で見せる。 ©2024 KAB Inc.  撮影:丸尾隆一

『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』

〈東京都現代美術館〉企画展示室 1F/B2F ほか。東京都江東区三好4-1-1。~2025年3月30日。10時〜18時(展示室入場は閉館の30分前まで)。月曜、12月28日~1月1日、1月14日、2月25日休(ただし1月13日、2月24日は開館)。一般 2,400円ほか。

坂本龍一

さかもと りゅういち 1952年生まれ。1978年『千のナイフ』でソロデビュー、同年に結成されたイエロー・マジック・オーケストラやその「散開」後も多方面で活躍。映画『戦場のメリークリスマス』(1983年)、『ラストエンペラー』(1987年)などの音楽を手がける。『札幌国際芸術祭 2014』のゲストディレクターを務めるなど1980年代以降、多くの展覧会や大型メディア映像イベントに参画、アートの分野でも多くの作品を残した。2023年逝去。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2761

Trending Articles