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【インタビュー】「高松宮殿下記念世界文化賞」受賞のソフィ・カルが示す「不在」の存在とは?

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December 27, 2024 | Art | casabrutus.com

高松宮記念世界文化賞受賞に加え、〈三菱一号館美術館〉での展覧会とめざましい活躍を見せるソフィ・カル。来日した彼女に、展示について聞きました。

〈三菱一号館美術館〉でのソフィ・カル。「高松宮記念世界文化賞」の記念メダルをベルト代わりにしている。

ソフィ・カルは主に写真とテキストを組み合わせた、詩的かつコンセプチュアルな作品で知られるフランス出身のアーティスト。今年、世界的に顕著な業績をあげた芸術家に贈られる「第35回高松宮殿下記念世界文化賞」の絵画部門を受賞した。

〈三菱一号館美術館〉「再開館記念『不在』トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展からトゥールーズ=ロートレック《エルドラド、アリスティド・ブリュアン》(1892年・左)と《アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて》(1893年・右)。
長期休館を経て再開館した〈三菱一号館美術館〉エントランス。

〈三菱一号館美術館〉で開催されている「再開館記念『不在』トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展は主に同館が所蔵するロートレックの作品と、ソフィ・カルの作品で構成された展覧会。設備メンテナンスのため約1年半にわたって休館していた同館の再開館を記念するものだ。「不在」はソフィ・カルが長年、作品のテーマとしてきたもの。それに合わせて美術館のキュレーターがロートレックの作品におけるさまざまな「不在」を考察している。

ソフィ・カル《自伝》シリーズ。左の《私の母、私の猫、私の父》(2017年)では行き止まりを示す道路標識の写真にテキストが添えられる。 © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3752

ソフィ・カルの展示は6つのパートから構成されている。

「《自伝》は亡くなった両親の『不在』を扱っています。壁の向こうにあって見えない、つまり不在であるオディロン・ルドンの《グラン・ブーケ(大きな花束)》から着想した作品もあります。《あなたには何が見えますか》は盗まれた絵画の『不在』がテーマです。《監禁されたピカソ》はパンデミックで閉館していた〈ピカソ美術館〉で保護のため紙でくるまれていたピカソの作品をモチーフにしました」(ソフィ・カル)

ソフィ・カル《あなたには何が見えますか》シリーズ。正面は《フェルメール「合奏」》(2013年)。

盗まれた絵画とは1990年にボストンの〈イザベラ・スチュアート・ガードナー美術館〉で起きた盗難事件のことだ。《あなたには何が見えますか》ではからっぽになった額縁を見つめる人々の写真に美術館の学芸員や警備員、来館者に、額縁の中に「何が見えるか」を問いかけたテキストが添えられている。

「必ずしも実際に不在である必要はありません。どのような形であれ、単にそこに存在しない、という事実が重要なのです」

ソフィ・カル《なぜなら》のシリーズ。観客が布をめくると写真が現れる。
《なぜなら》から、《どうしてあの子だけ?》(2018年)。(c) Sophie Calle / Courtesy of Gallery Koyanagi, Photo: Keizo Kioku

《なぜなら》というシリーズはテキストが刺繍された布をめくるとその下に写真がある、という仕掛けだ。テキストにはカルがなぜこの写真を撮ったのかが綴られている。

「私は常々、コンサートでも演劇でも観客が演奏や芝居を見ないで写真を撮ることに驚いています。私はその瞬間をスローモーションにして、書いてあることを読んでほしいと思ったんです。私が写真を撮る理由は必ずしもそれが美しいから、ということではありません。その理由をテキストにすることで時を少し止めて、見る人にそれを提示したいのです」

左がオディロン・ルドン《グラン・ブーケ(大きな花束)》(1901年)。正面はカルの《グラン・ブーケ》(2020-2021年)。右は《フランク・ゲーリーの花束の思い出》(2014年)。

ルドンの《グラン・ブーケ(大きな花束)》は〈三菱一号館美術館〉が所蔵する作品。展示公開していないときは壁の向こうにあって、見ることができない。その脇には、普段は見られないこの作品について美術館のスタッフやそこに携わる人々の言葉をモチーフにしたカルの作品《グラン・ブーケ》が展示されている。カルの作品《グラン・ブーケ》では不在であるはずのものが一瞬、姿を現すことがある。

《グラン・ブーケ(大きな花束)》の向かいに展示されているのは《フランク・ゲーリーの花束の思い出》だ。カルの個展のたびにフランク・ゲーリーから贈られた花束の写真で構成されている。展示されている花瓶はゲーリーのデザインだそう。

「いつも変わらずに支援してくれていることを覚えておきたい、記憶や思い出を残しておきたいと思ったんです。パリでゲーリーと協働でセーヌ河にかかる橋の上に電話ボックスを設置したこともあります」

ソフィ・カル《監禁されたピカソ》。壁に展示されていたピカソの絵が紙でくるまれているところをカルが撮影した写真のシリーズ。 © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3752
《海を見る》(2011年)。それまで一度も海を見たことのないイスタンブールの人々が、初めて海を見る瞬間を捉えた映像作品。 © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 G3752

《監禁されたピカソ》はピカソの没後50周年を記念するアーティストとして、パリの〈ピカソ美術館〉がカルを招聘したことがきっかけになって生まれた作品だ。カルが撮影したピカソの絵は紙で覆われていて、壁の作品タイトルしか見えない。

「私はピカソの作品と対峙するのが怖かったのです。彼の作品によって押しつぶされてしまうのではないか、そんな気がしました。自分の作品をピカソの作品の隣に展示することに恐怖を覚えたのです。パンデミックで美術館が閉館し、彼の絵が『監禁』されているのを見て、彼の幽霊となら対峙することができるのではないかと考えました」

トゥールーズ=ロートレック《ディヴァン・ジャポネ》(1893年)。左上に黒い長手袋をした歌手ギルベールが描かれるが、顔は見えない。
トゥールーズ=ロートレック『イヴェット・ギルベール』表紙(1894年)。階段のようなところにギルベールの長手袋だけが置かれている。
ともにトゥルーズ・ロートレック《ロイ・フラー嬢》(1893年)。ドレスの色が次々と変わるように見える不思議なダンスで人気を博したロイ・フラーを描いた版画のシリーズ。

そのピカソはロートレックの作品にいち早く注目していた。「不在」をテーマにしたソフィ・カルの作品展示と並行して、美術館のキュレーターが独自に考察したロートレック作品の「不在」は、たとえば歌手イヴェット・ギルベールの顔が描かれていないポスター《ディヴァン・ジャポネ》や、彼女のトレードマークだった黒い長手袋だけが描かれた『イヴェット・ギルベール』の表紙などに現れている。持ち物が、不在の人の存在を暗示する。

トゥールーズ=ロートレック『彼女たち』より《行水の女―たらい》(1896年)。身支度をする女性が誰を待っているのか、想像をかき立てる。
トゥールーズ=ロートレック《54号室の女船客》(1896年)。トゥールーズ=ロートレックが船で乗り合わせた女性客に一目惚れした彼は、予定の下船地を過ぎてリスボンまで行ってしまった。
トゥールーズ=ロートレック『レスタンプ・オリジナル』より《アンバサドゥールにて、カフェ・コンセールの女歌手》(1894年)。会場ではフランス国立図書館所蔵のものとあわせ、版画の制作プロセスを展示している。

石版画集『彼女たち』に登場する女性たちは娼館で働く女性のスケッチをもとにしたものだ。が、ここには男性の姿は描かれない。ロートレックはこの石版画集を男性向けに制作した。描かれた女性たちのもとを訪れた男性たちはどこへ行ったのか、あるいはこれからどんな男性がやってくるのか。女性が男性を思う心情もさまざまに想像させる。

そこにあったのに今はない、あるはずなのに見ることができない。そんな「不在」をめぐるさまざまなものが浮かび上がる展覧会だ。

リニューアルした〈三菱一号館美術館〉1階のベンチには同館設計者のジョサイア・コンドルの彫像がさりげなく座っている。
〈三菱一号館美術館〉に新設された「小展示室」では2025年1月26日まで小企画展「坂本繁二郎とフランス」を開催。左はジョルジョ・モランディ《静物》(1936年頃、三菱一号館美術館寄託)、右は坂本繁二郎《林檎と馬鈴薯》(1938年、三菱地所株式会社)。
杉本博司、青柳龍太と共に、靖国神社の蚤の市に参加したソフィ・カル(2013年)。3人は売れ残りをギャラリー小柳でインスタレーションとして展示した(2014年)。このときに売れ残った、「売れ残りの売れ残り」をさらに、2024年12月14日まで〈ギャラリー小柳〉(東京都中央区銀座1-7-5小柳ビル9F)での展示『UNSOLD UNSOLD|杉本博司、ソフィ・カル、青柳龍太』で販売した。Courtesy of Gallery Koyanagi

「再開館記念『不在』トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展

〈三菱一号館美術館〉東京都千代田区丸の内2丁目6-2。2024年11月23日〜2025年1月26日。月曜、 年末年始(12月31日と1月1日)休。10時〜18時(祝日を除く金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は20時まで)。入館は閉館の30分前まで。年末年始の開館時間は美術館サイト、SNS等で要確認。一般 2,300円ほか。

ソフィ・カル

1953年パリ生まれ。フランスを代表するコンセプチュアル・アーティストの一人。10代の終わりから放浪生活を送り、20代後半から制作を始める。作品には日本での滞在時の経験をもとにした《限局性激痛》(1999年)、見ることとは何かを追求した《最後に見たもの》(2010年)などがある。主な展覧会にパリ狩猟自然博物館での個展(2017年)、「最後のとき/最初のとき」(原美術館・豊田市美術館・長崎県立美術館、2013-2015年)など。2024年、第35回高松宮記念世界文化賞・絵画部門受賞。


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