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奈良美智が青春を過ごしたロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」が〈弘前れんが倉庫美術館〉へ。

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November 1, 2024 | Art, Travel | casasbrutus.com

かつて弘前に実在し、奈良の創作の原点にもなったロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」。〈青森県立美術館〉の展覧会『奈良美智:The Beginning Place ここから』で再現されたこのロック喫茶が展覧会終了にあたり〈弘前れんが倉庫美術館〉へ移築、常設展示が決定。“記憶が集まる倉庫“に、《A to Z Memorial Dog》に加え、ロック喫茶という奈良の青年時代の記憶が加わることになった。

〈弘前れんが倉庫美術館〉の常設展示が決まったロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」(2024年9月27日撮影)。奈良財団蔵。
青森県立美術館『奈良美智:The Beginning Place ここから』展で再現されたロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」(2023年10月13日撮影/『Casa BRUTUS』2023年12月号より)。奈良財団蔵。

2023年秋、〈青森県立美術館〉で開催された展覧会『奈良美智:The Beginning Place ここから』では、かつて弘前に実在し、奈良の創作の原点にもなったロック喫茶が、過去の写真や奈良の記憶の断片を手繰り寄せながら再現された。このロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」が、〈弘前れんが倉庫美術館〉へ移築され、常設展示されることになった。

「〈青森県立美術館〉での展示が終わって、ロック喫茶は廃棄される予定だったんだけど、〈弘前れんが倉庫美術館〉に移してもらえることになって。ここには《A to Z Memorial Dog》もあるし、不思議と過去の記憶が集まる場所になっているよね」(奈良美智)

《A to Z Memorial Dog》は2007年設置当時、煉瓦倉庫前の屋外にあった。「初めてのいたずらは、雪の日にマフラーを巻かれたことだったんだよね」(奈良)。〈弘前れんが倉庫美術館〉の開館以降は、館内のエントランスで来館者を迎えている。
幼少期の奈良の記憶にもしっかりと刻まれているという煉瓦造の建物は、明治・大正時代は酒造工場として建設され、戦後にはシードル工場として使われていた。田根剛の設計で改修され、印象的なファサードはオリジナルの「弘前積みレンガ工法」で積まれている。

建築家の田根剛が「記憶を継承する現代美術館」として設計し、2020年に開館した〈弘前れんが倉庫美術館〉。このれんが倉庫は、弘前の町を長く見守ってきた建物であり、2002年、2005年、2006年の3回に渡り、奈良が展覧会を行った場所でもある。2006年の『YOSHITOMO NARA + graf A to Z』展の終了後には、その時の熱気や記憶を留めるために、ボランティアの方々へ《A to Z Memorial Dog》が贈られた。そんな「記憶が集まる倉庫」の中に、また一つ、ロック喫茶という奈良の青年時代の記憶が加わることになった。

この日、奈良がかつて通っていた弘前市立文京小学校の児童たちが展示を観に来ていたという偶然も重なり、奈良は弘前に住んでいた頃を懐かしみながら振り返る。

「あの頃はまだ美術の道に進もうなんてぜんぜん思ってなくて。進路も文系の文学部に進めばいいかなって思ってんだよね。そんな時に先輩がロック喫茶をやるというから、『奈良くん器用だから手伝って』と言われて、施工から携わったんだよね。実際のロック喫茶はこの1.2倍の大きさだったんだけど、高校生だったせいか、当時の印象とあまり変わらないかな」(奈良)

ロック喫茶内部には、ブルース・スプリングスティーンやビートルズのポスター、当時のロック喫茶の写真が並ぶ。移築後に加えられた《Sleepless Night(Sitting)》(2007、タグチアートコレクション蔵))も客席でロックに浸る。
〈青森県立美術館〉の展示の時から、サイズダウンして置かれた《太陽の塔》のフィギュア。
高校生の奈良も選曲してプレイしていたというDJブースや常連客のボトルキープが並ぶカウンター。
ロック喫茶内に飾られた杉戸洋の作品《Untitled》(2016、タグチアートコレクション蔵)もまるで当時からあったかのよう。

ロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」はこの秋〈弘前れんが倉庫美術館〉にて開幕した『どうやってこの世界に生まれてきたの?』展の中で「第4章 仲間と家」として展示されている。この展示室では奈良の教え子でもあり創作仲間でもある杉戸洋との共作が並び、初公開作品がさりげなく発表されている。

「僕も杉戸もそうなんだけど、展覧会があるからとか締め切りがあるから、といって描くわけじゃないんだよね。たまたま2人で三ヶ月ほどウィーンで一緒に制作したことがあって、遊びで描いた作品。特に発表する機会がなくて取っておいたんだけど今回展示してみました。全部が真面目でも疲れちゃうだろうし、ちょっと緩い、遊び心がある作品もあってもいいかなと」(奈良)

コールタールの内壁が美しい展示室には奈良とかつての教え子だった杉戸洋の作品が並ぶ。左/奈良美智《ANYMORE FOR ANYMORE》(2010)、右/杉戸洋《Untitled》(1994/2024)。
奈良美智《サイレント・ヴァイオレンス》(1996)。
奈良美智と杉戸洋による共作。上/《Study for “Over the Rainbow“》(2004)、下左/《Home-1》(2004)、下右/《Home-2》(2004)。奈良美智蔵。
奈良美智と杉戸洋による共作《Puzzle Girl》(2004)。奈良美智蔵。
奈良美智と杉戸洋による共作。右上/《Lonely Girl》(2004)左下/杉戸洋《ファースト・ライトニング》(2008)。奈良美智蔵。
杉戸洋《Untitled》(2010)。

『どうやってこの世界に生まれてきたの?』展は、タグチアートコレクションを中心に世界各地のアーティストたちの作品で構成。ミカ・ロッテンバーグ、トゥアン・アンドリュー・グエン、奈良美智、杉戸洋、片山真理、塩田千春らが参加し、絵画や写真、映像など多彩な作品を通じて、生きることと幸せについて考える展覧会だ。

美術館のエントランスから館内の至る所に点在している鳥の足跡は、コソボ出身のアーティスト、ペトリット・ハリライの作品《チキンの仲間》(2022)。
足跡は館内まで続く。コソボでの戦争から難民として逃れたハリライにとって、鳥は自由の象徴。境界線を自由に行き来できる見えない鳥が、本展示の世界へ誘ってくれる。

本展は、内と外、自己と他者、過去と未来の領域を曖昧にしながら、互いに響き合っている。たとえば、〈弘前れんが倉庫美術館〉の二階のホワイエスペースの窓には、りんごの蒸留酒であるアップルブランデーがガラスパネルに閉じ込められた和田礼治郎の作品があり、窓の外の現在の風景と、過去この場所にあった風景が重なり合いながら内側に取り込まれている。

また、コソボ出身のアーティスト、ペトリット・ハリライの作品は、美術館の内と外を自由に行き来する見えない鳥の気配を感じ、アートの世界と日常の境界線を取り払ってくれる。

入り口にあるネオンの作品は、トレーシー・エミン《恋をすると世界が変わる》(2016)。本展示の『第1章 いろんな世界への扉』への導入であり、作品を通じて世界の見え方が変わる、というメッセージが込められている。
壁の穴から飛び出した不気味な指がゆっくりと回転し続けるミカ・ロッテンバーグの《指》(2018)。全く異なる世界が実は互いに通じているということを示唆。

「恋をすること」や「想像力を働かせること」、はたまた「別の場所へ旅すること」や「多様性を知ること」。テーマや表現方法こそ違えど、新しい世界へ通じる「扉」を作家たちがそれぞれのアプローチで提示し、その扉の先にどんな世界が広がっているかを想起させてくれる。

高さ15メートルの吹き抜けの空間にさまざまな国のアーティストの作品が集う。左からガブリエル・リコの《ピタゴラスからペンローズへ(野うさぎ)》(2019)、鴻池朋子《第2章 巨人》(2005)、ヤン・ヘギュの《ソニックコズミックロープー金12角形直線織》(2022)、加藤泉《Untitled》(2010)、オスジェメオス《Untitled》(2006)、加藤泉《Untitled》(2008)。

コールタールの内壁が作品の世界へ深く没入させる「安住の地を求めて」の展示室では、ヤン・ヘギュの《ソニックコズミックロープー金12角形直線織》(2022)や鴻池朋子の《第2章 巨人》(2005)など、神の啓示や自然への畏怖から呼び起こされる感情の蠢きや、「ここではないどこか」を求め飛び立とうとする衝動を目の当たりにする。

手前/金氏徹平《White Discharge(建物のように積み上げたもの#11)》(2010)、奥/千葉正也《泣き顔 吐き頭》(2015)。手法も対象も異なる作品同士が同じ空間で響き合う。
金氏徹平《White Discharge(建物のように積み上げたもの#11)》(2010)。日用品やフィギュアなどの既製品が白い樹脂によって本来の用途が意図的に失われ、属性の境界が溶け合い混ざり合っている。
千葉正也《泣き顔 吐き頭》(2015)。キャンバス上に描かれた混在する様々な素材感のモチーフが、リアルと虚構を交差する独自の複雑な世界観を作り上げている。

本来並び合うことのないはずのオブジェクト同士が隣接し、流し掛けられた白い樹脂によって、一つの建造物のように見える金氏徹平の《White Discharge(建物のように積み上げたもの#11)》も、まるで一晩の大雪で街全体が一面が白く覆われる弘前の街並みに重なる部分がある。同じように、この展示室に並べられた作品群も、それぞれが別の意図で制作されたはずが、隣り合うことで新しい意味が生まれている。

トマス・サラセーノ《アルファ・クルーシス 0.76/M+I(みなみじゅうじ座α星)》(2024年)。惑星のようにマクロ視点を持ちながら、クモの巣のようなミクロな世界も内包する分子構造的なガラスの彫刻作品。
和田礼治郎《琥珀の窓:弘前》(2022)。かつてこの場所で製造され、ガラスパネルに閉じ込められたアップルブランデーの窓が、この土地の過去の記憶と現在の風景を重ね合わせてくれる。
尹秀珍《ポータブル・シティ:弘前》(2020)。市民から集めた古着で作られた街がスーツケースに収められた立体作品のシリーズは、東京、北京、シンガポール、パリ、ベルリン、ニューヨーク、シカゴ、シドニー、など世界 30 以上の街が制作されている。
塩田千春《どうやってこの世にやってきたの?》(2012)は、〈丸亀市猪熊弦一郎現代美術館〉「私たちの行方」展で発表された作品。

この展覧会のタイトルにも関連している、塩田千春の《どうやってこの世にやってきたの?》は、2012年に塩田が2歳から4歳の幼児たちに向けて「母親のお腹の中でどのように過ごしたか?」や「生まれた時の記憶」についてインタビューを行った記録。記憶を継承する現代美術館の中で、幼い子どもたちがこの世界の扉をどのように開いてやってきたのか、カラフルで美しい記憶が拾い集められている。

また、その土地の住人から集められた古着の生地を用いて、スーツケースの中でジオラマを創り上げる、尹秀珍の《ポータブル・シティ:弘前》(2020)にも、弘前の街で受け継がれた記憶が閉じ込められている。

「記憶が集まる倉庫」の引力に呼び寄せられるように弘前に集まってきた作品たち。作品の扉を通して、また新しい世界が見えてくるかもしれない。

タグチアートコレクション×弘前れんが倉庫美術館 どうやってこの世界に生まれてきたの?

〈弘前れんが倉庫美術館〉青森県弘前市吉野町2-1。2020年開館。設計:田根剛。 TEL0172 32 8950。9時〜17時(カフェ・ショップは〜22時)。火曜休。観覧料は一般1500円。2025年3月9日まで。   

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