November 1, 2024 | Art, Travel | casasbrutus.com
かつて弘前に実在し、奈良の創作の原点にもなったロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」。〈青森県立美術館〉の展覧会『奈良美智:The Beginning Place ここから』で再現されたこのロック喫茶が展覧会終了にあたり〈弘前れんが倉庫美術館〉へ移築、常設展示が決定。“記憶が集まる倉庫“に、《A to Z Memorial Dog》に加え、ロック喫茶という奈良の青年時代の記憶が加わることになった。
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2023年秋、〈青森県立美術館〉で開催された展覧会『奈良美智:The Beginning Place ここから』では、かつて弘前に実在し、奈良の創作の原点にもなったロック喫茶が、過去の写真や奈良の記憶の断片を手繰り寄せながら再現された。このロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」が、〈弘前れんが倉庫美術館〉へ移築され、常設展示されることになった。
「〈青森県立美術館〉での展示が終わって、ロック喫茶は廃棄される予定だったんだけど、〈弘前れんが倉庫美術館〉に移してもらえることになって。ここには《A to Z Memorial Dog》もあるし、不思議と過去の記憶が集まる場所になっているよね」(奈良美智)
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建築家の田根剛が「記憶を継承する現代美術館」として設計し、2020年に開館した〈弘前れんが倉庫美術館〉。このれんが倉庫は、弘前の町を長く見守ってきた建物であり、2002年、2005年、2006年の3回に渡り、奈良が展覧会を行った場所でもある。2006年の『YOSHITOMO NARA + graf A to Z』展の終了後には、その時の熱気や記憶を留めるために、ボランティアの方々へ《A to Z Memorial Dog》が贈られた。そんな「記憶が集まる倉庫」の中に、また一つ、ロック喫茶という奈良の青年時代の記憶が加わることになった。
この日、奈良がかつて通っていた弘前市立文京小学校の児童たちが展示を観に来ていたという偶然も重なり、奈良は弘前に住んでいた頃を懐かしみながら振り返る。
「あの頃はまだ美術の道に進もうなんてぜんぜん思ってなくて。進路も文系の文学部に進めばいいかなって思ってんだよね。そんな時に先輩がロック喫茶をやるというから、『奈良くん器用だから手伝って』と言われて、施工から携わったんだよね。実際のロック喫茶はこの1.2倍の大きさだったんだけど、高校生だったせいか、当時の印象とあまり変わらないかな」(奈良)
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ロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」はこの秋〈弘前れんが倉庫美術館〉にて開幕した『どうやってこの世界に生まれてきたの?』展の中で「第4章 仲間と家」として展示されている。この展示室では奈良の教え子でもあり創作仲間でもある杉戸洋との共作が並び、初公開作品がさりげなく発表されている。
「僕も杉戸もそうなんだけど、展覧会があるからとか締め切りがあるから、といって描くわけじゃないんだよね。たまたま2人で三ヶ月ほどウィーンで一緒に制作したことがあって、遊びで描いた作品。特に発表する機会がなくて取っておいたんだけど今回展示してみました。全部が真面目でも疲れちゃうだろうし、ちょっと緩い、遊び心がある作品もあってもいいかなと」(奈良)
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『どうやってこの世界に生まれてきたの?』展は、タグチアートコレクションを中心に世界各地のアーティストたちの作品で構成。ミカ・ロッテンバーグ、トゥアン・アンドリュー・グエン、奈良美智、杉戸洋、片山真理、塩田千春らが参加し、絵画や写真、映像など多彩な作品を通じて、生きることと幸せについて考える展覧会だ。
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本展は、内と外、自己と他者、過去と未来の領域を曖昧にしながら、互いに響き合っている。たとえば、〈弘前れんが倉庫美術館〉の二階のホワイエスペースの窓には、りんごの蒸留酒であるアップルブランデーがガラスパネルに閉じ込められた和田礼治郎の作品があり、窓の外の現在の風景と、過去この場所にあった風景が重なり合いながら内側に取り込まれている。
また、コソボ出身のアーティスト、ペトリット・ハリライの作品は、美術館の内と外を自由に行き来する見えない鳥の気配を感じ、アートの世界と日常の境界線を取り払ってくれる。
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「恋をすること」や「想像力を働かせること」、はたまた「別の場所へ旅すること」や「多様性を知ること」。テーマや表現方法こそ違えど、新しい世界へ通じる「扉」を作家たちがそれぞれのアプローチで提示し、その扉の先にどんな世界が広がっているかを想起させてくれる。
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コールタールの内壁が作品の世界へ深く没入させる「安住の地を求めて」の展示室では、ヤン・ヘギュの《ソニックコズミックロープー金12角形直線織》(2022)や鴻池朋子の《第2章 巨人》(2005)など、神の啓示や自然への畏怖から呼び起こされる感情の蠢きや、「ここではないどこか」を求め飛び立とうとする衝動を目の当たりにする。
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本来並び合うことのないはずのオブジェクト同士が隣接し、流し掛けられた白い樹脂によって、一つの建造物のように見える金氏徹平の《White Discharge(建物のように積み上げたもの#11)》も、まるで一晩の大雪で街全体が一面が白く覆われる弘前の街並みに重なる部分がある。同じように、この展示室に並べられた作品群も、それぞれが別の意図で制作されたはずが、隣り合うことで新しい意味が生まれている。
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この展覧会のタイトルにも関連している、塩田千春の《どうやってこの世にやってきたの?》は、2012年に塩田が2歳から4歳の幼児たちに向けて「母親のお腹の中でどのように過ごしたか?」や「生まれた時の記憶」についてインタビューを行った記録。記憶を継承する現代美術館の中で、幼い子どもたちがこの世界の扉をどのように開いてやってきたのか、カラフルで美しい記憶が拾い集められている。
また、その土地の住人から集められた古着の生地を用いて、スーツケースの中でジオラマを創り上げる、尹秀珍の《ポータブル・シティ:弘前》(2020)にも、弘前の街で受け継がれた記憶が閉じ込められている。
「記憶が集まる倉庫」の引力に呼び寄せられるように弘前に集まってきた作品たち。作品の扉を通して、また新しい世界が見えてくるかもしれない。
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