October 25, 2024 | Art, Architecture, Design, Travel | casabrutus.com
『森の芸術祭 晴れの国・岡山』は岡山県北部で開かれている芸術祭。国内外のアーティストが豊かな森をイメージした作品を見せています。歴史的な街並みから鍾乳洞まで、岡山の魅力を満喫できる国際芸術祭です。
岡山県北部で展開されている国際芸術祭『森の芸術祭 晴れの国・岡山』。〈金沢21世紀美術館〉館長の長谷川祐子をアートディレクターに迎え、国内外から42組の作家が参加している。作品は岡山県北部の津山市・新見市・真庭市・鏡野町・奈義町の5つのエリアで展示されている。
津山の〈グリーンヒルズ津山〉の芝生にはブラジル出身のエルネスト・ネトがネットによる作品を設置した。竹の支柱にかぎ針編みでつくった網をかけた構造物だ。網はターメリックで染めた綿やペットボトルをリサイクルした素材でできている。
「私の体からあなたの体へ、そして地球へ、僕たちと自然をもう一度つなげたい。僕たちも自然の一部だから。この作品では内側を見てほしい。みんな外側は見るけれど、人間の体の内側で起きていることのほうが重要なんだ」(ネト)
奈義町の屋内ゲートボール場〈すぱーく奈義〉に、上にも下にも森がある不思議な空間が出現している。作者は〈金沢21世紀美術館〉の恒久設置作品《スイミング・プール》でも知られるレアンドロ・エルリッヒだ。“森”には橋が渡されていて、頭上と足元に森を見ながら渡っていくことができる。
「この場所の豊かな自然が生み出す景観はほんとうに素晴らしい。でもその自然から人が切り離されているようにも感じる。橋はそれらをつなぐ強いシンボルだ。また橋によって、遠くに行くことができる」(レアンドロ・エルリッヒ)
〈すぱーく奈義〉の向かい側にある〈奈義町現代美術館〉は故・磯崎新の設計によるもの。ここでは生前の磯崎とも親交のあった高谷史郎が故・坂本龍一とコラボレーションした舞台作品『TIME』にもとづくビデオ&サウンドインスタレーション《TIME-déluge》を展示している。氾濫する水をスローモーションで捉えた映像だ。
「私の解釈ですが、坂本さんは『ブロックを積み上げるような時間の概念を取り払わないと、時間を理解することはできないのでは』といった意味のことをおっしゃっていました」(高谷)
時間も波もコントロールすることはできない。それは磯崎が設計した空間とも通じているようだ。
「磯崎さんは完成されていない空間を作っているのだと思います。いろいろなものとの関係性で成り立つ空間を作っている」(高谷)
磯崎の空間も他の要素を完全にコントロールするようなことは目指していないのだ。
高谷の作品と隣り合うようにしてインスタレーションされているAKI INOMATAの作品には《昨日の空を思い出す》というタイトルがつけられている。グラスの中の水に、特別に開発した3Dプリンタを用いて雲の形を再現するという作品だ。
「コロナ禍で空を見ることが増えて、時間の感覚が変わりました。そのときに今のこの瞬間を意識するようになって、昨日の雲はもう見ることができない、この先に見られるかどうかわからない、ということに気づいた」(AKI INOMATA)
空間全体を見渡すと、作品が設置されている部屋からは空が四角く切りとられて見える。その先には那岐山がそびえている。手のひらのグラスの中の雲は遠い空とつながっている。
津山市の「衆楽園」は津山藩二代藩主・森長継が京都の作庭師に造営させたとされる近世池泉廻遊式の庭園。よく手入れされた樹木の間に茶室が点在する。その中にある〈迎賓館〉でリクリット・ティラヴァニが展開している《無題 2024(水を求めて森を探す)》は、工芸と食を交差させるようなプロジェクトだ。
庭を望む広間に下がる暖簾は真庭市の染織家、加納容子とのコラボレーションによるもの。庭に生える木のシルエットが染め抜かれている。そこで津山市のbistro CACASHIのシェフ・平山智幹と、津山市創業のスーパーマーケットを展開するマルイが共同開発したお弁当がいただける。
「津山の真ん中にある会場に、森を持ち込みたいと思って加納さんに“森”をつくってもらいました。シルエットで木を感じてもらいたい」(リクリット・ティラヴァニ)
鏡野町の奥津渓は透明度の高い水が流れる、心が洗われるような場所だ。音楽、映画、アートと領域を横断しながら活動している立石従寛はそこに、巨大な鉱物のようなオブジェと5本のスピーカーを設置した。オブジェは近くにある岩場を3Dスキャンしたデータをもとに作られている。スピーカーからは山や海の生きものの声をもとにした音が流れている。川の上流には山の生きもの、下流には海の生きものの声を配した。
「『鏡野町』という地名から、鏡のように周囲を反射するオブジェを着想しました。周囲の美しい風景が映り込んで、見る人と風景が一体化するように感じられると思います」(立石)
スピーカーから流れる音に関わる生きもののうちの一つ、鯨は人間が聞いても心地よいと感じられる和音を奏でるのだそう。川のせせらぎと混ざり合ってさまざまな生きものが遠くから、また近くから呼びかける。
〈衆楽園〉でリクリット・ティラヴァニと協働した加納容子は真庭市の「勝山町並み保存地区」でも住民とコラボレーションして暖簾をつくっている。勝山は、江戸時代の街道沿いに栄えた町だ。木造の建物にはそれぞれの店で取り扱っているものなどをモチーフにした、個性的な暖簾が揺れる。その軒先に置かれた大小のベンチは建築家、妹島和世がデザインしたもの。妹島は真庭に本籍があり、この地には縁がある。
「どんとしたようなものが、とぼとぼ歩いて行くようなベンチを作りました。このベンチはこれからも作り続けてくれるそう。新しい形のコミッションになるのではないかと思います」(妹島)
ベンチの足は角度がついていて、ほんとうに歩き出しそうに見える。座面につけられた水はけのための溝は降る雨を思わせる。材料はヒノキ、真庭市の建具・家具製造事業者との協働で作られた。座って今も残る町並みを見ながら、人が昔ここを歩いて行ったんだな、といったことに思いを馳せる、そんなのんびりした時間を過ごせる。
このほかにも鍾乳洞や〈衆楽園〉内の茶室、〈津山城〉跡地といった特別な場所にアートが潜んでいる。アートの森を散策するように楽しめる芸術祭だ。
『森の芸術祭 晴れの国・岡山』
岡山県内の12市町村(津山市、高梁市、新見市、真庭市、美作市、新庄村、鏡野町、勝央町、奈義町、西粟倉村、久米南町、美咲町)。〜2024年11月24日。鑑賞パスポート:一般3,000円ほか。単館鑑賞券:一般・大学生・専門学生 700円。