October 1, 2024 | Art, Design | casabrutus.com
心象とは、心の中に描き出される姿・形。「心象工芸」は作り手の心象風景が表現された作品を表す造語という。素材や技術の面から語られやすい工芸の、一歩先へと誘う仕掛けだ。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum02_1312.jpg)
「心象工芸」として、集められたのは刺繍、漆芸、ガラス、陶芸、金工の分野で世界的に活躍する6作家の、新作を含めた全74点。その中でも圧倒的な存在感で迫りくるのは、沖潤子の刺繍作品だ。密度の高さと静かに漲る生命力に目を奪われる。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum06_1312.jpg)
設計図はなく、古い布との対話を通して、糸を選び、針を刺してゆく。中心からぐるぐると広がり、布は時には立体的に膨らみ、形を変える。
「素材の声、布や糸の意思を聞きながら直観的に手を動かします。糸はくぐらせていくと模様になりますよね、足跡のように。意識的に心象風景を思い浮かべることはありません。人間は記憶でできているので、自然にさらけ出るのだと思います。幸い歳をとってから制作を始めたので、積もる記憶はたくさんあります」(沖潤子)
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum09_1312.jpg)
記憶と時間が刻み込まれた古い布に糸を縫い込むことで、自身の記憶を刻み、布の中で混ざり合う。観る者もまた、自身の記憶や物語を重ねる。沖の作品は、布と糸の造形物を超えて、幾つもの物語として私たちの前に立ち現れる。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2025/09/0930craftmuseum10ed_1312.jpg)
中田真裕は1982年北海道生まれ。29歳の時に「蒟醤(きんま)」という漆芸伝統技法に出会い、作家を志した。幾層にも重ねた色漆を彫り、埋め、磨くことで模様を出していく技法で、その時の感情や体調に身を任せ、完成形を決めずに手を動かす。工程が多く、時間もかかるため、制作過程で様々な心象風景の断片を取り込むことになるという。その時間の堆積が、作品に熱量と深みを与えている。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum12_1312.jpg)
「コロナ禍の不安の中、偶然目にした一羽の鳥に目が覚める思いがしました。懸命に羽を動かして飛び立つ鳥が、暗闇に照らす小さな光のようで、自分の旅路を示したようにも感じました。自らを鼓舞するように赤や黄色といった強い色を用いて、初めての壁面作品を制作しました」(中田真裕)
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum14_1312.jpg)
心に刻まれたその風景は、《Voyage》と《Spotlight》の2つの作品に結実した。心象風景を抽象化し、繰り返し表現する。技法による偶然性と意図が絡まり合って、ひと目では捉えられない美しい景色を描いている。一見すると何のモチーフかわからない模様を「自由に見てほしい」と中田は言うが、ストーリーを知ると一層興味深い。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum15_1312.jpg)
佐々木類は、1984年高知県生まれ。12ヶ月間、身近な場所で植物を採取し、ひと月毎に建築用ガラスに挟み、焼成して閉じ込めた。いわゆる植物標本とは異なり、ガラスに挟んで窯に入れることで植物は燃えて白い灰になる。
「私にとっての心象風景は‘懐かしさ’という感覚を呼び起こす装置のような存在です。時間軸を超えて、自分と今いる場所を結ぶための必要不可欠な感覚。植物を採集すること自体、五感を通して、記憶を呼び起こす手助けをしてくれます」(佐々木類)
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum20_1312.jpg)
作品タイトルの「植物の記憶」は、英語表記ではsubtle intimacy(かすかな懐かしさ)。植物は土地の記憶でもあり、記憶を記録し保存する方法としてガラスを用いている。ガラス素材との対話を続け、技術を頼りに表現やコンセプトを深化させるべく模索を続けている。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum21_1312.jpg)
松永圭太は1986年生まれ、岐阜県の美濃焼の産地・多治見で、陶芸家の両親のもとで育った。大学の建築学科を卒業後、多治見の陶磁器意匠研究所や金沢の卯辰山工芸工房でも学び、途方もない時間をかけてできる地層というものをテーマにやきものを制作している。石膏型に液状の泥を流し込んで成形する「泥漿(でいしょう)鋳込み」という量産用の技法を用いながら、あえて通常より時間をかけて少しずつ泥を入れることで地層のように固めて見せることに成功した。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum24_1312.jpg)
松永はある時、感覚的に付けた『蛻(もぬけ)』という作品名からさなぎを連想した。昆虫は幼虫から成虫になる過程で、さなぎの中で一旦溶けてから羽化する。それが制作の過程と似ていることに気づいた時、さなぎというキーワードによって内面と技術が繋がる感覚を覚えたと言う。表現内容が技法そのものと直接的にリンクすることもある。
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum26_1312.jpg)
会場でひときわオーラを放つ金工作家、髙橋賢悟の作品。動物の頭蓋骨らしきものから角が伸び、近寄って目を凝らすと無数の小さな花が付いていて、実に細密な作りなのがわかる。花は勿忘草(ワスレナグサ)と菊。角の部分は花を掬い上げる手の形をイメージしているという。髙橋は生花を元に鋳型を制作し、アルミで花を作る独自の技法を使う。その中で生花を焼成する工程があり、この技法そのものに転生や再生の意味を込めている。東日本大震災時に被災地を回った体験から「生と死」や「鎮魂」をテーマに制作してきたが、今回は「祈り」がテーマだ。
「自然の中で命が循環する風景をよく思い描きます。そこに自分も溶け込んで自然の一部になっていく様な感覚に浸るのが心地いいのです。鋳金の技術は、生命の循環を表現するために理に適っているのではないかと思います」(髙橋賢悟)
![](http://wp2022.casabrutus.com/wp-content/uploads/2024/09/0930craftmuseum30_1312.jpg)
展示は若手作家だけでない。彫金の人間国宝でもある、中川衛による象嵌作品の特徴はそのデザイン性だ。工業デザインを学び、電機メーカーでデザイナーとして勤めた後、故郷の金沢で加賀象嵌と出会い、世界各地の忘れられない風景を描いてきた。ある夜、川面を見つめていた時に、流れに周りの街頭やネオンが映り輝いていた。その幻想的な光景をなんとか象嵌で表現したいと実験を重ね、新しい技法を生み出したという。景色から得た技術は他にも4〜5種類も。素材や技法までをもデザインする力が、作品に深みをもたらしている。
6人の作家たちが、どのような心象風景をどのように形にしているのか。それぞれの物語を知ってからあらためて見ると、同じ作品もまた違う景色を見せ始める。素材や技法とも分かち難い関係性を持つ「心象」という切り口が、工芸の新しい楽しみ方を教えてくれる。