September 6, 2024 | Food, Design | casabrutus.com
作り手の丁寧な仕事が息づく、その店でしか味わい得ない和菓子。それは日本の文化であり、財産です。次世代へと語り継ぎたい、和菓子の名作を紹介します。
・よもぎが鮮やかに香り立つ、隅田堤育ちの草餅。
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明治2(1869)年創業の〈志”満ん草餅(じまんくさもち)〉。その名の通り、草餅を看板に155年の歴史を刻む餅菓子店だ。
初代が隅田川の船着き場のお隣に店を開いたのが始まりで、明治初頭は浅草方面から渡し舟で向島に渡り、神社仏閣巡りや花柳界で遊ぶのが流行っていたのだとか。真ん中が凹んだユニークな草餅の形は、散策しながら食べてもきな粉がこぼれないよう初代が考案したもので、いわば“食べ歩きスタイル”の先駆けなのだ。
草餅の要となるよもぎは、初夏に摘んだよもぎを大鍋で煮上げ、冷凍して保存。それを1年を通して使用する。かつては隅田川の土手で摘んだ地場ものを使っていたが、栽培量が激減した現在は北海道産をメインに取り寄せている。
「春先は葉の色はきれいですが香りは淡く、秋冬は香りは強いけれど葉の色味は暗くなります。だからうちでは色がよく香りも強い初夏のよもぎを一年分仕入れて使っています」と、4代目店主の鈴木健志さん。現在は息子さんである5代目と二人三脚で店を切り盛りする。
産地から届いたよもぎは鮮度を損なわぬうちによく洗って大鍋で煮上げ、手作業で大きな繊維を取り除く。上新粉は夏は柔らかく、冬は固くなりがちなので季節ごとの湿度や気温に合わせてブレンドの配合を変えるそう。
続いて煮よもぎと蒸した上新粉を合わせ、石臼で搗いていくのだが、この工程も独特だ。よもぎのごく細かな繊維も断ち切れるよう、生地を1cmほどの薄さに伸ばして搗(つ)いていくので、時間も手間もかかり、杵は1年ほどで割れてしまうとか。だからこそあの、滑らかで歯切れのいい食感が生まれるのだ。
「あん入り」に入れるこしあんは、十勝産小豆を水から一気に炊き上げ、渋切りなしで絞る。あえて渋切りをしないのは「微妙な渋を残したあんの方が力強さがあり、草餅のよもぎの香りと対峙したとき、バランスがいいから。上品過ぎないように仕上げるのがなかなか難しい」と鈴木さん。
ハッとするほど鮮やかなグリーンも、純粋なよもぎのみの色。こしあんが入ったまあるい形の「あん入り」は、小豆のしっかりとした風味がよもぎのフレッシュな香りを引き立てる。初代が考案した凹んだ形が特徴的な「あんなし」は、凹んだ部分に付属のきな粉と白蜜をかけていただく。きな粉はよもぎの風味を邪魔しないよう、軽めの焙煎のものを使用。
草餅をひと口頬張ると、よもぎの青い香りがパッと広がり、きめ細かな餅生地はコシがありつつ切れが良く、旨味とともにすっと喉の奥に消えていく。気取らず気さくだけど、品がいい。やはり、世にあまたある草餅とはちょっと佇まいが違うのだ。
・噛み心地を追求し尽くした餅屋のお団子。
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もう一つ、本店に来たら必ずや持ち帰りたいのが「焼き団子」。百貨店などには卸しておらず、ここでしかお目にかかれない一品で、これも食べごろにこだわるがゆえ。
きめ細かく、もっちりとした柔らかさを求めて、団子用の生地を3時間もかけて蒸し上げるというから驚く。そして草餅と同様に丹念に石臼で搗き、成形した団子は注文が入ってから甘辛なみたらしのあん(タレ)をかける。店頭にあるのは見本だけ。あんをかけると団子が固くなってしまうため、作り置きはしないのだ。
客の入り具合を見ながら朝から16時まで石臼を稼働し、売り切れたらそこで店じまい。防腐剤など保存料は一切不添加なので、消費期限が「その日のうち」なのも当然のことだ。
「うちは草餅とお団子とどら焼きくらいしか作っていないからこそ、研究して新たな発見をするのが楽しいんです。毎日そんな発見があるから続けているのでしょうね」と鈴木さん。
草餅ひと筋にこれほど研究を重ね、手間を惜しまず作っているとは。そうした店主の仕事に気づかぬまま食べている客は多いに違いない。
「聞かれればこうして何でも答えるけど、自分からあれこれ言うのはなんだか…粋じゃないじゃない」と笑う鈴木さん。多くを語らぬ、だけど“何だかやけにおいしい草餅”は、江戸っ子の心意気からできている。
そして店頭で注文を聞き、きびきびと包んでくれるベテランスタッフさんたちの気働きや包装の巧みさがまた、素晴らしい。隅々まで自社のお菓子への愛を感じるのだ。
最寄り駅からちょっと遠いのは、かつて船着場のあった場所であり、いわば昔の「駅前」だから。この接客の気持ち良さと出来たてを味わえる喜びは、はるばる本店まで出向いた者の特権だろう。
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