September 2, 2024 | Movie, Architecture, Art | casabrutus.com
生い茂る葉と葉の間から降ってくるきらきらとした光。ゆたりゆたりと枝を揺らしながら吹き抜けていく風。自然に囲まれた緑の芝生のそこかしこに現代アートが配され、大きな“花”のように咲き誇る緑と黄色のテントの下に人々が集う……。気持ちのいい高原にでもいるかのようなその風景は、初夏のある日、〈東京都庭園美術館〉で一日限り見られたもの。ロレックスのフラグシップ ブティック〈LEXIA GINZA〉のオープンを記念して、〈東京都庭園美術館〉館長である建築家・妹島和世がホストを務めた1日限りのアートイベント『PERPETUAL MOMENT -自然の中の時間-』の一コマだ。白昼夢のようにふと現れて鮮烈な印象を残したこのイベントを編集部が訪れた。
東京メトロの白金台駅とJR目黒駅のちょうど中間辺りにある〈東京都庭園美術館〉は、都心のエアポケットのような場所だ。1万坪あまりの敷地に、日本庭園と西洋庭園、青々とした芝生の庭が広がり、元は明治末に創立した旧宮家・朝香宮鳩彦王と明治天皇の第8皇女・允子内親王夫妻の邸宅だったアール・デコ様式の美術館が建つ。美術館はもちろんのこと、季節を映して移ろう木々や草花をゆったりとした歩みで楽しむ人々の姿も見える場所。4月某日、その西洋庭園に一日限りの贅沢な空間が出現して訪れた人々を驚かせた。
『PERPETUAL MOMENT -自然の中の時間-』と題されたそのイベントは、ロレックスが日本最大のロレックス ブティック〈レキシア 銀座本店〉を記念して開催したもの。ホストを務めた妹島和世が話す。
「永遠、恒久といった意味のある“パーペチュアル”と、瞬間=”モーメント”。このイベントのテーマにしたいとロレックスさんからいただいた言葉です。相反するようでいて、チク、タクという瞬間ごとが永遠の未来へとつながっていくのだなと思うと密接に関係している、とても美しい言葉ですよね。今日だけのイベントではあるけれど、それがいらした方の記憶の中で永遠になっていくように、庭園美術館の自然の風景とともにそれが刻まれるようにと願って、このタイトルを決めました」(妹島和世)
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イベントの核となったのは、妹島の監修による直径3.6m、高さ3mのスチールテント。立ち上がった姿が巨大なアサガオや蓮の葉を思わせるそのテントは、自然の緑を背景に鮮やかに映える黄色と、ロレックスのブランドカラーでもある緑。これが有機的につながった“花畑”のような場所が、人が集まるきっかけをつくる。さらに目を見張ったのは、庭園内に配されたこちらも一日限りのインスタレーションだ。名和晃平、目[mé]、小牟田悠介という面々がこの日のための作品を寄せた。
「一日で終わるのがもったいないくらいの素晴らしい作品が揃いました。3組のアーティストには、“時”から、過去・現在・未来をそれぞれ意識していただいています」(妹島和世)
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妹島のそんな言葉の通り、「こんな贅沢な機会が一日だけだなんて」という思いは、“お花のテント”からピアノの音が鳴り響き始めてさらに増幅されていく。テントでは、一日がかりで原摩利彦によるライブ・インスタレーションやアーティストらによるシンポジウムが行われたのだ。
奏でられる音の響きも、周囲の道路から聞こえてくる音によって変わり、集まる人々の顔ぶれや人々が集まる形も回によって変わる。過ぎていく時をいろんな形で体感する、そんなイベントともいえる。
「たまたまいらした方が、ふと惹きつけられてアートを鑑賞したり、シンポジウムを聞いていったり。いろんな形で参加することで、この場所、時間を作っていく。アーティストの皆さんの力をお借りしてひとつの場、この一日が出来上がっていくといいなと思います」(妹島和世)
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一日限りのイベントで欠かせない役割を担った、3組の現代アーティストによる作品は、いずれもユニークな視点で”時”を感じさせるものだ。緑の芝生を見下ろすようにすくっと立ち上がる純白の孔雀は、「過去」をテーマにした名和晃平の《Peacock and Ether》だ。
孔雀は、実はかつて朝香宮邸の庭でも飼われていたのだそう。「古くから生命や精神の不滅を象徴してきたように孔雀はとても象徴的な鳥。今という不確かな時代を、凛とした姿で見ている孔雀の姿をあらわすことに集中し、少し見上げるような位置に置きました」と名和。止まり木の代わりに、水やエネルギーの循環をテーマとする 《Ether》を組み合わせている。
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一本の木の足元に何気なく置かれたベンチ。雨上がりだからか大きな水たまりが出来ていて、青空と生い茂る緑の葉を映し込んでいる……と思いきや、水面と思っていたものは鏡面。「現在」のテーマを託された現代アートチームの目[mé]による《Elemental Detection》だ。
「”今”って、とても掴みとりにくいですよね」と話すのは、ディレクターの南川憲二。
「今、と思ったときにはもう過去。つかめそうでつかめない、そんな作品になればと思いました」。アーティストの荒神明香も話す。「たとえば山の景色は、遠くから見ているととてもきれいで、でも近づくにつれて森になり、林になり、一本の木になり、最後には葉っぱの一枚になって全体がわからなくなってしまう。美しいあの景色を景色のままに近づいたり、一歩踏み込んだりできないか。そう考えてつくった作品です」。
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「前日の展示中に雨が降って来たんです。水彩紙を使った作品なので、どうなることかとかなり心配しました。ところが雨が上がり、紙が乾いたら、雨の重みや風を受けて紙がうねったり、地面の起伏に沿ってゆるやかに歪んだりしたことで自然な風合が出て、光の当たり方も柔らかくなりました。庭園に持ってきて自然環境に晒されたことで作品が完成した気がします。作品に時を取り込めたようです」
「未来」をテーマにした《Warp_Folded Garden》の前でそう話すのは小牟田悠介。会場である西洋庭園の外周と同じ、193mの紙を山折り谷折りに折り込んだ作品だ。
「現在の連続の先に未来がある。いま目の前にある、この庭園での素敵な体験の連続を知覚できるようなものを作りたいと思いました。自分がいる空間の長さや広さって、普段は具体的に知覚することはあまりありませんよね。ところがこうして“紙を折る”という誰でもできる作業で、この庭を巡る長さをたぐり寄せ、体感できる形になる。そうやって手触りをもって知覚することで、現在の向こう側へワープできる。そんなことを表せたらなと思っています」
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もうひとつ、緑豊かな庭園の中にアートが点在するこの場の空気感を、さらに上質で特別なものにまとめ上げた音についても触れておきたい。音楽家・原摩利彦によるサウンド・インスタレーションは、原のピアノとバイオリン、尺八、ペルシャの古楽器サントゥールなどを組み合わせた完全な即興演奏だ。故郷の違う音同士が溶け合い、さらに風の立てる音や都市の音と混ざり合って見事なハーモニーを生み出していた。
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大がかりな告知も行わず、儚い花が開くようにふっと現れて、そのままに終わったアートイベント。だからこそ、訪れた人々たちの心の中で、この日のことは永遠に生き続けていくことだろう。