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新素材研究所が〈MOA美術館〉で作り上げた、美術館建築の新たなスタンダード。

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March 2, 2017 | Art, Architecture, Travel | casabrutus.com | photo_Junpei Kato text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano

1年近くに及ぶ改修工事を終えて、静岡県・熱海市の〈MOA美術館〉がオープンしました。設計は新素材研究所(杉本博司+榊田倫之)。彼らの手で生まれ変わった展示空間は、美術館建築の新しいスタンダードとも言えるものでした。

国宝・尾形光琳《紅白梅図屏風》江戸時代(18世紀)。装飾的な水流の左右に紅白の梅の木を描く。たらし込みなどの技法を駆使した、リズム感ある画面が特徴だ。近年の研究で地には金箔が使われていることがあらためて判明した。
美術館は、白い箱の中でアートを見せるもの。新素材研究所が手がけた〈MOA美術館〉は、いろいろな意味でそのホワイトキューブのセオリーを打ち破るイノベーティブなものだ。これまでの美術館建築の常識を超えて、あり得ないと思われていた大胆な展示空間が実現されている。
杉本博司が撮りおろした《紅白梅図屏風》。 (c) Hiroshi Sugimoto/Courtesy of MOA Museum of Art
杉本博司は写真を使ったアーティストであると同時に、古美術のコレクターとしても知られている。改修にあたって彼らは「どうやったら古美術を、それが作られた当時のままに見ることができるのか」を考え抜き、写真家、建築家として鍛えられた眼力でそれを実現させた。そのために彼らが特にこだわったのは光だ。
黒漆喰の壁がある展示室。漆喰には微妙な手の跡が残り、光を吸い込む。展示された美術品の、新しい顔が見える。
檜の扉が開いて中に入ると、黒一色の壁が出迎える。新素材研究所にとっても初めての素材である黒漆喰を塗った壁だ。4面がガラスケースだった展示室の中央にそびえ立つ黒い壁が光を吸い込み、ガラスへの反射を抑える。

実際に行ってみると、本当にガラスが見えないのに驚かされる。ガラスの向こうにある軸や茶碗も、まるで手に取るように間近に感じられる。まったくの素通しのように思えるから、つい近づき過ぎて頭をぶつけてしまいそうになる。

職人の手の跡を注意深く残した黒漆喰の壁は、谷崎潤一郎の『陰影礼讃』の世界観を体現する。彼らは人工照明がなかったかつての光を再現しようとしていると思われる。

「足利義政が慈照寺の東求堂で自身の持ち物である東山御物を見たであろう、障子を通して柔らかく空間を充たす光です」(杉本博司)

それには自然光が一番なのだが、残念ながら作品保護のためそれはかなわない。新素材研究所は最新技術を駆使し、苦心して限りなくその光に近づけることに成功した。それを支える21世紀の工業技術は巧みに隠されて、観客の目には入らない。「こんなに上手くいくとは思わなかった」と杉本は振り返る。
《柳橋図屏風》桃山時代(17世紀)はガラスのない展示ケースに設置されている。左右の柱は海龍王寺と當麻寺の古材を使ったもの。かつての床の間で軸や壺を愛でるように美術品と向き合える。
ガラスが見えない、と書いたが、展示ケースの中にはそのガラスも取り払ってしまったものまである。手前に結界が設けられているものの、見る者と美術品を隔てるものは何もない。絵師が全身全霊を込めて描き上げた作品が空気を震わせる、その鼓動や波動が感じられるようだ。
ガラスのない展示ケースのかまちには、屋久杉を使った。展示台の床面は畳敷き。座敷に屏風を置いて愛でた、その空間を追体験できる。
この展示ケースの右側には奈良の海龍王寺の、左側には同じく奈良の當麻寺の古材が床柱のように立つ。前者は般若心経発祥の地、後者は聖徳太子の弟が創建した寺が元と言われる。かまちには滑らかに浮造り(うづくり:板を磨いて木目の凹凸を出す技法)を施した、樹齢1000年の屋久杉が使われた。いずれも長い時を経て風格を増した木材だ。屏風や障壁画の脇に控えるそれらの木材は主役である美術品を守り、ともに厳粛な空間を形作る。
国宝・野々村仁清《色絵藤花文茶壺》江戸時代(17世紀)。黒漆喰でつくられた小部屋に展示されている。ほの暗い小さな空間は茶室を思わせる。この茶壺は、卓越した絵付けの技術で知られる仁清作品の中でも最高傑作として知られる。
コレクターでもある杉本は改修を依頼されたとき、「収蔵品がどう見えるかが自分に託されている。美術館のコレクションが我が物になったかのように感じられ、とてもうれしく思った」と言う。我が子を愛でるように置かれる環境を考える。古美術への愛が結実した空間なのだ。
あえて微妙な塗りむらを残した黒漆喰の壁は、それ自体が水墨画のディテールのようでもある。
展示室では、その光をできるだけ控えめなものにした。また自然光を再現するため、上方からのみ光をあてている。

「隅々まで見えることが本当にいいことなのだろうか、という疑問がありました。想像をかきたてるぐらいにしたほうがいいのではないか、とも思ったんです」と榊田倫之は言う。あえて展示品のすべてをさらけ出すことを避けることで、美術品と観客とのより深い関係性が生まれるのだ。
重要文化財・《洋人奏楽図屏風》桃山時代(16世紀)。桃山時代にキリスト教をもたらした宣教師たちは学校を運営し、絵画教育も行った。この屏風には楽器を奏でる西洋の人々や、中世ヨーロッパで盛んに描かれた羊、城郭などが描かれている。
人間国宝の室瀬和美が手がけた漆の扉。高さは約4メートル、日があたると黒の中に赤が浮き上がる。マーク・ロスコの絵のような扉がどのように経年変化していくのかも楽しみだ。
「日本の空間で日本の古美術を見る。この改修でできあがった空間はこれからの美術館のモデルになると自負しています」と内田篤呉・MOA美術館館長は言う。

「西欧で生み出されたホワイトキューブによる美術館は近代のシステムです。日本美術は畳の上や床の間で見るのが伝統的な作法でした。わずか3.5センチの厚みの畳や屋久杉の板に免震装置を埋め込んだ展示台で見ていただくことで、美術品を目の当たりに鑑賞することができる、親近感のある展示になったと思います」(内田館長)
杉本博司撮影による、階段ホール。展示室以外のところでも、柔らかい光を採り入れることに気を配った。階段の脇の窓につけた縦桟の細い格子から光が入る。午前中に入る日の光は特に美しい。 (c) Hiroshi Sugimoto/Courtesy of MOA Museum of Art
《月下紅白梅図》。《紅白梅図屏風》を杉本博司が撮影。月の光の下で撮影したかのような作品。梅の花や水紋が白く輝く。
今回の改修では展示の最後に2室、現代美術のための部屋が新設された。3月14日までリニューアル記念として杉本博司の作品が展示されている。《月下紅白梅図》はMOA美術館所蔵の国宝・尾形光琳《紅白梅図屏風》をモノクロームで撮影し、あたかも月の下で撮られたかのようにプリントしたものだ。月の幽かな光に照らされたという想定の屏風は、流れる水が闇のように表現されて、すごみすら感じさせる。
杉本博司が1997年の正月に撮影した熱海の海『海景―ATAMI』。大判カメラのレンズボードを無限遠の位置のさらに倍の距離に置くことで焦点を意図的に外したモノクロームの写真は、海から昇る太陽の光も海もぼんやりと空気に溶け込むかに見える。はるか過去に人類が見ていたのと同じであるはずの光景。
『海景―ATAMI』はMOA美術館がある熱海の海で1997年の元旦に初日の出を撮ったもの。焦点を意図的に外したモノクロームの写真は、まばゆい太陽の光がそのままネガに焼きつけられたよう。太陽信仰は世界中に見られるが、月は西欧ではネガティブなイメージもある。一方、日本では桂離宮の月見台のほか、絵画にもよく月が描かれてきたように、月には格別の関心が寄せられる。水に映る太陽と月、2つの光に思いを巡らせながら見るのも面白い。この2つの展示室では、今後も現代美術を見せる予定だ。空間が美術品と、それを取り巻く人々が重ねてきた時間の厚みをより鮮やかに想像させる、その意味でも稀有な美術館ができあがった。
館内に置かれた新素材研究所デザインのソファ。大きな窓から海を眺められる。
ソファの脚は一点の濁りもない光学ガラスだ。
ショップも新素材研究所がデザイン。什器は杉本が海外で買い付けてきた部材を使ったもの。人間国宝を含む工芸作家の作品が手頃な価格で買えるのも魅力。
美術館は熱海の海を見下ろす高台に建っている。ヘンリー・ムーアの彫刻《王と王妃》(1952−53)が海を眺めている。

『リニューアル記念 名品展+杉本博司「海景 – ATAMI」』

〈MOA美術館〉
静岡県熱海市桃山町26-2
TEL 0557 84 2511。~3月14日。9時30分~16時30分。1600円。会期中無休。公式サイト

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