June 12, 2024 | Architecture, Travel | casabrutus.com
いよいよ7月26日から開催される第33回オリンピック競技大会(2024/パリ)は、歴史的建造物やセーヌ川などを含む街全体が会場となる、今までにない大会となります。環境問題に配慮し、持続可能性を意識した本大会では、新たな施設の建築は極力抑えられ、パリの名建築も競技会場として利用されます。そんなオリンピックの会場として使われる、見逃せない10の建築を紹介します。 1から3はオリンピックのために新築された施設、4から6は近年できた優れた建築、そして、7から10はオリンピックを機会に改めて注目したい、パリを代表する歴史的な建造物です。
1:ノアの方舟のような形の〈アクアティクス・センター(Centre Aquatique)〉

今回、五輪のために新築された数少ない競技場の一つが、湾曲した屋根の姿が目を引く、ノアの方舟のような形の〈アクアティクス・センター〉だ。
コンペで選ばれたのは、フランスの〈アトリエ2/3/4〉とオランダの〈ヴェンホーヴェンCS〉の二つの建築事務所の協働によるプロジェクト。サステナブルを徹底していること、周辺の再開発地区のランドスケープデザインも含めて、長期的に地域に馴染み活用されていくことを念頭に置いていることが選ばれた決め手だったという。
特徴的な湾曲した屋根は、じつは空調のコストを最低限にするために計算を重ねた結果のデザイン。構造を軽くするために90cm厚まで屋根を薄くし、4,680平方メートルの太陽光発電パネルを設置、雨水も全て集めて利用する徹底ぶり。資材には2,700平方メートルを超えるヨーロッパ産の木材を使用している。自然光を多く取り込む、明るいアクアティクスセンターのデザインは、五輪中にも注目を集めること確実だ。
五輪後は、レガシーとして、パリ大都市圏の中でも一般向けスポーツ施設が足りなかったサン・ドニの地域に密着したプールとして、また水泳選手権などの会場としてフルに活用されていくことが決まっている。
〈アクアティクス・センター〉
オリンピック競技種目:アーティスティックスイミング、水球、飛込 パラリンピック競技種目:なし 住所:361 Av. du Président Wilson, 93200 Saint-Denis2:パリ唯一の新築スタジアム〈ポルト・ド・ラ・シャペル・アリーナ(Arena Porte de La Chapelle)〉

パリ市内で唯一、五輪のために新築されたスタジアムは、今年2月に完成した。
設計は、イベント会場、学校、オフィス、住宅などを手がけている〈SCAUアーキテクツ〉と〈NP2F〉の、二つのフランスの建築事務所。環境に配慮することを徹底的に試みた結果、明るいシルバーのファサードにはリサイクル素材のアルミを採用し、屋根の80%は植物で覆った。断熱材にはリサイクルコットンを用い、スタジアムのシートは、廃プラスチックのリサイクル素材を活用している。
オリンピック期間以外は、〈アディダス・アリーナ〉の名で運営され、パリのプロバスケットボールチームのホームスタジアムとなる。また、パリには足りなかった、中規模のコンサートやスポーツイベントのための、8,000人が収容できるモジュール式の多目的ホールとして既に数々のスケジュールが決まっている。
〈ポルト・ド・ラ・シャペル・アリーナ〉
オリンピック競技種目:バドミントン、新体操 パラリンピック競技種目:パラバドミントン、パラパワーリフティング 住所:56 bd Ney 75018 Paris3:元映画撮影スタジオが食堂に〈選手村(Le Village olympique)〉

オリンピック史上初めて選手村が作られたのは、ちょうど100年前、1924年のパリオリンピックでのことだったそう。パリ2024では、閉会式の行われる〈フランス・スタジアム〉や〈アクアティクス・センター〉もある、サン・ドニ市近辺に選手村が作られ、オリンピックでは15,000人、パラリンピックでは8,000人が滞在する。
〈フランス国立図書館〉などで知られる建築家・都市計画家のドミニク・ペローが最初の監修を担当。80%の競技が、選手村から10km以内で行われるという立地で選手たちの移動によるカーボンフットプリントを減らし、住宅とオフィスとして持続的に活用される大会後の未来を見据えて、30万平方メートルのエコシティを構想した。
選手村の中心に位置する、これまで映画撮影スタジオだった〈シテ・デュ・シネマ〉は24時間営業のレストランへと姿を変え、大会中に毎日60,000食の食事が供される。このように、新築しないで使えるものは最大限残して有効に活用している。選手が滞在する宿泊棟は、オリンピック後には、2025年までに、6,000人の暮らす住宅と6,000人の働くオフィスとして改装され、セーヌ川に面した新しい街として継承されていく。
〈選手村〉
住所: D1, 93200 Saint-Denis4:十字型に交差した建築の〈シャン・ド・マルス・アリーナ(Arena Champ-de-Mars)〉

ジャン=ミッシェル・ヴィルモットの設計で新築された〈グラン・パレ・エフェメール(仮設のグラン・パレ)〉は、オリンピック期間中〈シャン・ド・マルス・アリーナ〉へと名称が変わる。
〈エッフェル塔〉と〈エコール・ミリテール(軍事訓練機関)〉という、2つの大規模施設を結ぶ〈シャン・ド・マルス公園〉の中に造られ、もともとは〈グラン・パレ〉の修復期間中に代わりに使うために、〈グラン・パレ〉の構造を模した姿で建設された。
本家〈グラン・パレ〉は、1900年のパリ万博のために建てられ、数々のカルチャーやスポーツのイベント会場として活用されている大型施設。オリンピック開催時には、〈グラン・パレ〉の修復も終わっており、仮設のこちらとの両方を競技場として使うことが決められた。〈エッフェル塔〉から真っ直ぐのびた線上に、十字型に交差するアーチ構造が形作る、すっきりかつ広々とした空間は10,000平方メートル。
五輪後には、解体・撤去される予定なのだが、実はここに来て(2024年6月現在)、運営会社から、延長の申し立てが出されている。かつて万博のために短期間の予定で建設された〈エッフェル塔〉や〈グラン・パレ〉が、現代に残るランドマークとなっているように、もしかしたら、エフェメール(仮)のはずの第二の〈グラン・パレ〉も、その印象的な姿をこの地にとどめることになるのかもしれない。
〈シャン・ド・マルス・アリーナ〉
オリンピック競技種目:柔道、レスリング パラリンピック競技種目:視覚障がい者柔道、車いすラグビー 住所: 2 Place Joffre, 75007 Paris5:うろこのような外観が目を引く〈パリ・ラ・デファンス・アリーナ(Paris La Défense Arena)〉

〈ルーヴル宮殿〉から〈コンコルド広場〉、〈シャンゼリゼ通り〉、〈凱旋門〉を結ぶ直線の延長線上にあるのが、パリの西の副都心、ラ・デファンス地区。1960年代から開発が行われ、パリらしからぬ高層ビルが林立している。その地区の一角に、2017年に完成したのが、クリスチャン・ド・ポルザンパルクが建築を手がけた、〈パリ・ラ・デファンス・アリーナ〉だ。
オープン時は〈Uアリーナ〉という名で、ローリングストーンズの世界ツアーで柿落としされて以来、モジュール式の多目的構造を活かして、大型コンサートから、このスタジアムを本拠地とするラグビーチーム「レーシング92」の試合、コンベンションなどで、既に200万人以上の観客を迎え入れてきた。
ポルザンパルクらしい、立体としての存在感あるボリュームと、流れるようなシルエットが印象的なアリーナは、オリンピックでは、初めて水泳に使われる。50mプール3つをオリンピックのために設置するが、すべての資材を再利用するという今大会の方針に則り、大会後は、パリ大都市圏の3つの町に運ばれて常設のプールとして活用されるという。
〈パリ・ラ・デファンス・アリーナ〉
オリンピック競技種目:競泳、水泳 パラリンピック競技種目:パラ水泳 住所:99 Jard. de l'Arche, 92000 Nanterre6:〈ヘルツォーク&ド・ムーロン〉が手掛ける〈ヌーヴォー・スタッド・ド・ボルドー(Stade de Bordeaux)〉

オリンピック中には、パリ以外の地方都市でも予選が行われるが、その中で、建築好きなら見逃せないのが、2015年に完成したボルドーの新スタジアムだ。北京オリンピックの〈北京国家体育場〉や、ミュンヘンの〈アリアンツアリーナ〉など、一度見たら忘れられないスタジアムを始め、幅広いプロジェクトを世界各地で手掛ける、〈ヘルツォーク&ド・ムーロン〉が設計した。
最も印象的なのは、真っ白な建物の構造を支える、千本以上の白い梁。ボルドーの南西に広がるランド県の松林と、〈ギリシャ神殿〉をイメージソースとしている。白い柱に囲まれ、内と外の境界が曖昧な姿は、明るさと開放感、そして優雅さを湛えている。最大42,000人の観客席が、フィールドを囲むようにボウル型に作られ、客席の上の屋根、大階段の傾斜など全てのラインがスムーズかつシャープに描かれている。
スタジアムのある土地は湿地帯であるため、地中には22mの鋼管の根を945本も下ろしているという。その制約により、コンクリートよりも軽いメタル建材による構造が選ばれ、平坦で広大な景観の中に軽やかに溶け込む。
サッカーチーム「ジロンダン・ド・ボルドー」の本拠地として、また、エド・シーランやミューズなどのライブ会場として、ボルドー最大のイベント施設は大活躍している。
〈ヌーヴォー・スタッド・ド・ボルドー〉
オリンピック競技種目:サッカー パラリンピック競技種目:なし 住所: Cr Jules Ladoumegue, 33300 Bordeaux7:パリのシンボルのふもとが競技会場に〈エッフェル塔スタジアム(Stade Tour Eiffel)〉

祝祭の街、パリの象徴とも言えるアイコニックな存在の〈エッフェル塔〉。パリオリンピックの期間中も、開会式、マラソンコース、そして、塔のふもとに仮設されるオープン競技場でのビーチバレー競技と、さまざまなシーンで主役として注目され続ける予定だ。
〈エッフェル塔〉は、1889年のパリ万博に際して行われたコンペでギュスターヴ・エッフェルらの案が採択されて建造された。その背景には、産業革命以来、先進各国で繰り広げられていた、国家の威信をかけた高層建築の高さ競争があり、それまで世界一の高さを誇っていたアメリカの〈ワシントン記念塔〉の2倍近い300メートル超の鉄の塔は、世界中の注目を集めた。
五輪開催中は、〈グラン・パレ・エフェメール〉と〈エッフェル塔〉の間の〈シャン・ド・マルス庭園〉に、仮設のビーチバレー競技場ができる。パリ祭の花火なども行われる、祝祭のシンボルのような〈エッフェル塔〉だけに、五輪中もその姿がパリの象徴として注目され続けられるはず。
〈エッフェル塔スタジアム〉
オリンピック競技種目:ビーチバレーボール パラリンピック競技種目:5人制サッカー 住所: Avenue Gustave Eiffel 75007 Paris8:パリの中心でBMXやブレイキンなどのアーバンスポーツを〈コンコルド広場 (La Concorde)〉

東に〈チュイルリー公園〉、西に〈シャンゼリゼ大通り〉、北に〈マドレーヌ寺院〉、南にセーヌ川と〈ブルボン宮殿〉と、パリの中心を十字に区切る交通の要となっている、パリ最大の広場が〈コンコルド広場〉だ。
2024年オリンピック開催地にパリが立候補した当初から、スタジアムではない、街の中でアーバンスポーツ競技を行いたいという意向を持っていたのが、〈コンコルド広場〉全体に特設アリーナとアーバンパークを作り上げるというアイディアとなって実現されることとなった。
今でこそ、コンコルド(調和)広場という名だが、18世紀半ばにルイ15世の命で作られた頃は〈ルイ15世広場〉、フランス革命時にはルイ16世やマリー・アントワネットら千人以上がギロチンで処刑された「革命広場」だった過去もある。
〈凱旋門〉や〈エッフェル塔〉まで見晴らせる開放的な眺望と、広場の中心にそびえる、19世紀にエジプトから贈られた〈ルクソール神殿〉のオベリスクなどとフランスの歴史を感じられる場所で、BMXやブレイキンなどアーバン系の競技が行われる対比は、今大会でも特別にビジュアル映えするに違いない。
〈コンコルド広場〉
オリンピック競技種目:自転車BMXフリースタイル、スケートボード、バスケットボール3x3、ブレイキン パラリンピック競技種目:なし 住所: Place de la Concorde 75008 Paris9:ここがマラソンのスタート地点〈パリ市庁舎(Hôtel de Ville)〉

ロベール・ドアノーが1950年に撮った写真「パリ市庁舎前のキス」で有名なのが、セーヌ川とリヴォリー通りに挟まれて立つ〈パリ市庁舎〉だ。その前の広場は、オリンピックの最終日に、マラソンのスタートエリアとして注目を浴びる予定だ。
1357年から、今と同じ場所に市役所があるが、何回かに渡って増築されたのち、1871年のパリ・コミューンの際に、石造りの骨組みだけを残して焼失した。1882年に再建された際に拡張工事が行われ、壮麗なネオルネッサンス様式の現在の姿となった。正面のファサードは、幅143m、高さ18.8m、鐘楼も入れれば50mにもなる堂々とした存在感を誇っている。
パリオリンピックが決まって以来、ファサードに五輪の装飾をしてアピールしてきた市庁舎前の広場にトラックが作られる。また、オリンピック開会に先立つ7月14日の革命記念日には、聖火が市庁舎で一夜を過ごす予定で、一晩中、一般に公開される。
〈パリ市庁舎〉
オリンピック競技種目:マラソン パラリンピック競技種目:なし 住所: Place de l’Hôtel de Ville 75004 Paris10:スポーツと文化の融合を体現する〈ヴェルサイユ宮殿 (Château de Versailles)〉

パリの南西22kmに位置する、フランス最初の世界遺産〈ヴェルサイユ宮殿〉。フランス国王ルイ14世が、1661年以降、マンサールとル・ブランに建築を、アンドレ・ル・ノートルに造園を命じ、豪華なバロック建築の城館と、広大かつ華麗なフランス式庭園が出来上がった。
815ヘクタールの庭園の、宮殿から真っ直ぐに伸びた線上にあるフランス式庭園で馬術競技と近代五種競技が行われる。庭園は、城館の近辺にはいくつもの噴水が点在し、遠くに行くに従って、運河や森が広がる。城の中心の鏡の間から庭園を望むと、地平までまっすぐの水の線が伸び、両側に緑が広がる、完璧な左右対称の景色となっている。真正面の城館からは3km離れた、普段は観光客がほとんど訪れない場所に、馬術の仮設競技場ができるという規模の大きさだ。
大会に向けて、〈ヴェルサイユ宮殿〉では、ルイ14世の騎馬像を修復したり、城の正面の金箔を貼り直したり、庭園内を整備したりと準備万端だ。大会最終日のマラソンの折り返し地点もヴェルサイユ宮殿。今回の五輪会場の中でも最も歴史的な場所で、大会の謳う「スポーツと文化の融合」を具現している。