January 30, 2024 | Design
シンプルな服と暮らしを提案する〈YAECA〉と、羊毛100%の手織りじゅうたんを作る〈山形緞通〉。日本のモダン建築を愛する両者によって、とびきり心地いいじゅうたんが生まれました。いま再び注目を集めている“じゅうたん”の新しい形に迫ります。
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・𠮷田五十八や吉村順三、ペリアンも愛した〈山形緞通〉のじゅうたんとは?
「手作りのじゅうたんは本当に気持ちいい。足が喜ぶ感じがするんです」
ものすごくいいものと出会っちゃった……!という表情で、ファッションブランド〈YAECA〉のデザイナー、服部哲弘さんと井出恭子さんがこう語る。それは〈山形緞通〉の緞通のハナシ。緞通とは羊毛を使った手織りじゅうたんのことで、〈山形緞通〉は、昭和9年に国内初の羊毛じゅうたんを生み出したメーカーだ。靴を脱いで素足で暮らす生活や陰影のある空間といった、日本の美意識に馴染むじゅうたんづくりを模索した。
2人が〈山形緞通〉と出会ったきっかけは、神奈川県の鎌倉山にある〈YAECA〉のギャラリー〈ink gallery〉。1974年に竣工した吉村順三の名作〈鎌倉山の家〉を、2019年に中村好文が改修した木造建築だ。「改修の際に中村さんが敷き込みじゅうたんをいくつか提案してくださって、その中から私たちが選んだのが〈山形緞通〉のものだった……ということを、最近になって知りました。気になって話を聞いたところ、実は吉田五十八、村野藤吾、吉村順三、谷口吉郎、丹下健三、剣持勇という錚々たるモダニズムの建築家たちが、こぞって住宅や公共建築に取り入れていたのが〈山形緞通〉のじゅうたんだったんです」と井出さん。
少し前から、「現代の家に合うシンプルなじゅうたんを作りたい」と考えていた二人は、すぐに山形の工場を訪問。糸づくりから染色、織り、仕上げまで、じゅうたん製作のすべてを自分たちで行っている様子に感激した。
「中でも衝撃を受けたのは、わずかな色差の同系色を染め分ける染色技術や、糸の奥の奥まで均一に染める技術。時間をかけて培われてきた歴史の形をまのあたりにして、絶対にこの職人さんたちとじゅうたんを作りたい、と思いました」と服部さんは言う。
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世界に類をみない技術と誠実なものづくりに、すっかり魅せられた服部さんと井出さん。〈山形緞通〉では従来、職人の手織りによる華やかな色柄のじゅうたんが多く作られているのだが、二人は「この技術やクオリティを生かしながら、今の住宅に合うプレーンなものが作れないか」と考えた。なぜなら、住まいの床を素材感や質感で選ぶ人が増えていると感じていたから。「素材感を大切に考える場合、色はナチュラルやグレーといった主張のないもののほうがいい気がしたんです」。
そんな二人が注目したのは、〈山形緞通〉が1960年代から手がけている「クラフトン」。フックガンという工具で羊毛を打ち込み、刺繍のように織りあげる“手刺しじゅうたん”だ。「機械織りと手織りの中間のような技法ですね。制作期間やコストを抑えながらも、密度が高く温かみのあるものができる。これなら一般の住宅にも取り入れやすくて、しかもクオリティが高い無地のじゅうたんが作れる!と思いました」(井出さん)
色調は現代の暮らしに溶け込むことを基準に厳選した。「ポイントの一つは明るさ。周りの光を吸収してしまう色ではなく、空間が明るくなるような色を選びました。また、一見、単色に見えますが、実際は複数の色をブレンドした杢カラー。無地であっても色に奥行きが生まれるし、ホコリも目立ちにくいんです」と服部さん。色を考える過程では、〈山形緞通〉に残る膨大な資料にも目を通した。「アントニン・レーモンドの妻でテキスタイルデザイナーだったノエミ・レーモンドが、展覧会や住宅のために緞通を作ったことがあって。その時の糸サンプルを参考にさせてもらいました。僕たちの好きな色調とよく似ていたんです」
こうして2023年11月、新たなじゅうたん〈NEW CRAFTON〉が完成した。糸はやや細番手の上質な羊毛を採用。色はナチュラル系、ベージュ系、グレー系それぞれに濃淡を揃えた全6色だ。今後は染色をせずに元の羊毛の色を生かした“原着毛”でも作れるよう研究中だという。
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・じゅうたんのある暮らしで、“足が喜ぶ”気持ちよさを知ってほしい。
「足触りや肌触りがつくる豊かな暮らし」――じゅうたんの魅力はなんですか?と聞いたところ、井出さんからこんなキーワードが返ってきた。「リビングに敷けば横になってゴロゴロできるし、ベッドの足元にじゅうたんがあるだけで、裸足で床に降りた時の心地よさが違う。安心感があって体もラク。とにかく過ごしやすいんです」
ゆえに〈NEW CRAFTON〉の開発にあたっては、色と同じくらい肌触りを大切にした。「柔らかいけれどコシのある羊毛がギュッと詰まっているんです。人の手で丁寧に作られているので、密度が高く、毛が寝てしまうことがない。なめらかだけど沈まないし、家具の脚などの跡が付いても簡単な手入れですぐ戻るのがいいところです」
一方、服部さんが考えるじゅうたんの魅力は、「長く使えるクオリティ」。「〈山形緞通〉のじゅうたんは、使い込むほど味わいや艶が増して、肌触りもどんどんよくなる。工房で80年以上使われた製品を見せてもらったのですが、どれもいまだに現役で、そのしっとりした雰囲気が素晴らしいんです。何代にもわたって使えるんだろうなあ、と改めて思いました」。ヴィンテージ家具の目利きでもあり、いいものを長く使い続けることの喜びを知っている服部さんならではのひとことだ。
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「かつての名建築家たちが住宅や公共建築にじゅうたんを取り入れたのは、何故だったのか。やはり、モダンな佇まいと柔らかな安心感の両方を備えていることが大きかった気がします」と服部さん。それは〈NEW CRAFTON〉が目指したものにも共通する考え方だ。「あまり主張せず空間に馴染む、ごくごく普通のデザインがいい。でもそれが単なるシンプルに終わらないのは、最高の肌触りや奥行きある色を生み出せる技術に支えられているからなんです」。
加えてサイズもオーダーできるので、じゅうたんでリビングとダイニングを分ける、玄関と廊下だけをじゅうたんにするなど、空間をスページングすることもできる。見た目のみならず、足の感触でも空間の在りようを感じるのは、とても豊かな暮らし方だ。井出さんと服部さんは口をそろえて言う。
「書斎やロフトなどの小さなスペースだけに敷く“ちょっとだけじゅうたん”もいいんですよ。フローリングで育った若い世代の中には、じゅうたんの気持ちよさに気付いていない人も多いと思うのですが、“ちょっとだけ”でもじゅうたんの良さは十分に伝わる。興味をもってほしいなあと思います」