January 2, 2024 | Architecture, Art, Design | casabrutus.com
ジャン・ヌーヴェルのガラスの建築で知られるパリの〈カルティエ現代美術財団〉。こちらでインドのスタジオ・ムンバイを主宰するビジョイ・ジェインの展覧会『Breath of Architect( 建築家の息吹き)』が始まった。会場でのジェインへのインタビューを盛り込みながら、レポートしたい。
緑に囲まれたガラスの建築内に入ると、心地よく鼻をつく土臭さ。インド伝統の泥や藁を牛糞と混ぜて作った壁や床から立ち上がるものだろう。とは言え、素朴より洗練という言葉がふさわしい、そこはビジョイ・ジェインの世界だ。2フロアを吹き抜いたガラス張りの明るい大空間、それとは対象的に薄暗い地下の空間、それぞれが中央にある階段を挟んで、2つのスペースに区切られ、4つのスペースで展示が行われている。
タイトルの「Breath of an Architect」にあるように、全体のコンセプトは作品の息遣いに耳を澄ませて欲しいというもの。そこでまずは自分の呼吸に意識を向けるよう、「静寂」であることも意図されている。そしてフィジカルな体験はやがてエモーショナルな体験に導かれる。建築的なものから家具、彫刻まで、石、木、土、竹、糸などの天然素材を使い、ムンバイのスタジオで制作された作品で構成。国、文化、宗教、人種、また過去と現在、外と中などの境界を感じさせない、独特の世界観が展開されている。
「“静寂”にも音があります。それは私たちの内部に響く音であり、それは生きるもの全てが共有する音でもあります。五感を研ぎ澄ませ、完成品だけでなく、それぞれの素材、その作品が作られたプロセス、そこに費やされた時間、手仕事の動きなどを感じ取って欲しいと思いました。
今回の会場はフランスですが、この場所だからではなく、これまでに人類が創り上げてきた“文明”を思い、さらに何ができるかを考えました。違いを示すことではなく、人類共通の文明との繋がりにフォーカスしました。肌の色も人種も地理も関係ありません。全て、火、水、空気、土、光、で作られています」(ビジョイ・ジェイン)
●時間をかけた仕事によって表現されるもの。
展示のなかで、唯一、地元の素材を使ったサイトスペシフィックな作品が、1階の右側の床を占める「ウォーター・ドローイング」だ。会場から40分ほどのところで採取したチョーク(白亜)をベースに、赤い線は糸に顔料をつけたものを打って描かれている。墨糸で建材に印をつける日本の伝統工法と同様の手法だ。この「ウォーター・ドローイング」は、ヒンズー寺院に古来からある沐浴などに使われる貯水池をイメージしたもので、「水」が表現されている。
左側のギャラリーのメイン展示《Prima Materia》はパビリオン、あるいは東屋のような建物だ。支柱も壁も竹製で、建物の中央には糸を巻きつけた大きな球体が鎮座している。ここでは、火、水、空気、土の四大元素で表現されている。
「《Prima Materia》は“空に浮かぶシティ”をイメージしたものです。飛行船ツェッペリン号みたいに、何かイベントがあるところに飛ばしていくような。それぞれの土地で何か要素を加えたり、始まりも終わりもないような作品です。目を閉じて、500人の人がそれぞれその土地固有のものを持って移動しているところを想像してみてください。それを都市や文明が移動することだと想像してみてください。移動した地を新たな住処とし、また移動するのです。日本にも飛ばしていきたいですね」
ギャラリー内とガーデンに展示されている《Tazia》とは、イスラム教シーア派の聖人を追悼する祭事の行進で神輿のように肩に担ぐ墓碑を模したもののこと。これにインスパイアされ、細い竹と絹糸でできた軽いストラクチャーの作品である。繊細な手仕事の美しさとともに、生命の儚さを感じさせる。
対して、点在する石でできた彫刻は、ずっしりとした重い存在感を放つ。こちらは手に触れ、石が放つパワーを直に感じ取ることができる。
「地球上どこでも付加される重力は同じです。どの土地であっても、私たちはその空間をいかに使って暮らすかを考えるべきです。そのために、私は自然の要素とつながり、空間との感情的な関係をもたらす「直感的な力」を大切に考えています」
●2人の作家の作品も展示された地下フロア
階段を降りて下の階に行くと、そこはメインフロアとは対象的に薄暗くて天井も低く、作品とより親密に対峙できる空間になっている。今回、ジェインの作品のほか、2人のコラボレーターの作品も展示されている。
シンプルなフォルムの陶器はアレヴ・エブジア・シスビュの作品だ。現在はパリ在住だが、トルコで生まれ育ち、長年デンマークで活動していたという彼女の作品も、ジェインの作品と同じく無国籍的、また時代的な特徴も感じられない。手仕事と掛けられた時間によって、土が姿を変えたとでもいう、作家の息遣いが伝わってくる作品だ。
グラファイトの黒鉛色だけで描かれた絵は、中国出身のフー・リウの作品だ。グラファイトで何度も重ね描きした作品からは、風のそよぎや、波のうねりなどの動きが伝わってくる。
展示に使われているテーブル、イスなどもすべてムンバイのスタジオで制作されたものになる。イスやベンチは竹や木と細い紐を使った繊細なもの。上の階には石製のガッツリしたものもあり、静と動、軽と重、というコントラストが、呼吸のようなリズムを奏でる。
「音楽はミュージシャンにとっての“言語”です。同様に、建築家にとって建築は“言語”です。そして、建築の仕事は、建物を建てることだけではありません。ここに展示しているものは、表現のための“言語”です」(ビジョイ・ジェイン)
●『建築にとって最も重要な要素は「愛情」である』
世界各地でプロジェクトを抱えるジェインだが、カフェ、ギャラリーも擁する広島・尾道の宿泊施設〈LOG〉もその一つになる。日本のことは「第二の故郷」というほど思い入れがあるという。
「小津安二郎の映画は日本を訪問する前から観ていました。『東京物語』が奏でる叙情性に魅了されていました。家の中にいるかと思うと別のところに行き、また戻ってくるという描き方は、今回の展覧会の表現方法にも影響を与えています。
〈LOG〉がこの映画のロケに使われた建物に隣接していることは全くの偶然で、土地の歴史や恵みの重みを感じました。それを大事にして、地元の人と旅行客が交差するスペースを設け、継続的に地域の拠りどころになる場を育てることを目指しています」
〈LOG〉は1960年代に建てられた集合住宅を改築したものだが、この時期に建てられた建物は日本各地でどんどん姿を消している。そしてパブリックスペースである公園や緑地にも開発の手が伸びている現状についても意見を聞いた。
「歴史を振り返ってみれば、利益を優先したり、愛情がかけられていないものはいずれ姿を消します。その後、新しい何かがたくましく立ち上がるものです。辛抱強く待つしかありません。重要なことは、日々、人でもモノでも仕事でも、愛情を持って接し、取り組むことです。何もしたくない日もあるでしょう。そんな時は雨が止むのを待てばいいのです。暗雲は過ぎ去ります。明日になれば太陽が出るのですから」
それは「愛」を基準にして選択せよ、ということなのだろうか?
「選択する必要はありません。なぜなら、私たちは“愛そのもの”だからです。選択ではなく、事実なのです。愛が私たちを支える唯一無二のものだからです。そのことを忘れてはなりません。建築にとっても最も重要な要素は愛情なのです。
今、世界各地で起こっていることに絶望している人も多いでしょう。が、遅かれ早かれ、それは通り過ぎます。地球の資源や人を食い尽くすような方向にいかないように、辛抱強く、日々の務めを果たしていくしかありません。人類の文明の歩みと人の愛のキャパシティを思えば、希望は十分にあります」