November 28, 2016 | Architecture, Fashion, Travel | casabrutus.com | photo_Maxime Galati-Fourcade
text_Jun Ishida
coordination_Kaoru Tashiro
editor_Keiko Kusano
トーマス・マイヤーがデザインしたボッテガ・ヴェネタのアトリエを訪れませんか?という誘いを受けて、9月末、イタリア北部にある都市ヴィチェンツァへと向かった。ヴィチェンツァはミラノから車で約2時間半、ヴェネチアにも近いヴェネト州の古都だ。この街はボッテガ・ヴェネタが誕生した地であるとともに建築に興味を抱くものならば一度は訪れてみたい“建築巡礼地”でもある。
ヴィチェンツァ郊外にあるボッテガ・ヴェネタのオフィス兼アトリエ。18世紀のヴィラを改装した建物だ。
人口約11万人の都市、ヴィチェンツァ。この街の起源は、紀元前に作られたローマの都市にまでさかのぼる。現在のヴィチェンツァの街の形ができたのは12世紀、そしてヴェネチア共和国の支配下に置かれた15世紀から18世紀にかけてこの街は大きな発展を遂げる。ヴェネチアから富と人が流れ込み、裕福なヴェネチアの貴族たちがヴィチェンツァにセカンドハウスと別荘を兼ねたヴィラ(邸宅)を建て始めたのだ。そこで台頭した建築家こそアンドレア・パッラーディオ(1508〜1580年)である。パドヴァに生まれヴィチェンツァに育ったこの建築家は、ヴィチェンツァに数多くのヴィラと公共建築をデザインする。現在、パッラーディオとその弟子たちがデザインした23のヴィラは〈ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィラ〉として世界遺産にも認定されている。
街の中心部シニョーリ広場に建つ2つのパッラーディオ建築。右がパッラーディオの最初の公共建築となった〈ロッジェ・デル・パラッツォ・デッラ・ラジョーネ「バシリカ」〉、左がベネチア共和国総督の館として使われた〈ロッジア・デル・カピタニアート〉。いずれも世界遺産に登録されている。
古代ローマの荘厳な建築物に魅了されたパッラーディオは、ルネサンスも後半に入ったこの時代、古代ローマ様式を取り入れた宮殿や教会、邸宅をヴィチェンツァに作った。街を歩いていると教会や宮殿など街のランドマークといえる建物のほとんどがパッラーディオによるものであることに気づく。パッラーディオ建築の前には案内板が設置され、携帯電話でバーコードをスキャンすると各国語の解説ページが画面上に開くというサービスもあるほどだ。
建築への造詣が深いことで知られるトーマスも、ヴィチェンツァにおいて見るべきものとしてパッラーディオ建築をあげている。「パッラーディオの作品は常に私の人生の一部であり、インスピレーションの源です。彼は建築家であっただけでなくアーティストでもあり、すべてにおいてバランスや調和を求めていました」と述べ、この夏にはパッラーディオ様式の庭園からインスパイアされたフレグランス《パルコ パッラーディアーノ》も発表している。
ヴィツェンツァの大通り、コルソ・パッラーディオの脇に建つ〈パラッツォ・キエリカーティ〉。現在は美術館となっている。
数あるパッラーディオ建築のなかでもトーマスが魅了されたのは、“ラ・ロトンダ”こと〈ヴィラ・アルメリコ・カプラ〉だ。ヴィチェンツァの街並みを一望できる丘の上に立つ建物は、ローマ法皇の秘書を務めたパオロ・アルメリ司祭が退任後の住処としてパッラーディオに設計させた。
“ラ・ロトンダ”こと〈ヴィラ・アルメリコ・カプラ〉(竣工:1556年)。パッラーディオが手がけた最後のヴィラで、“ラ・ロトンダ”の呼び名は彼が設計の参考にしたローマのパンテオン内にある聖堂〈ロトンダ〉からつけられた。
現在のヴィラの所有者であるヴァルマラーナ氏はこれを「尊大な行為」と表現する。「この建物はたった一人の人物が住むために建てられました。これはとても異例なことです。敷地内の丘の下から見れば視界に入るのはこの建物のみで、さらに建物の中から見れば何ものにも遮られることなく四方の窓からヴィチェンツァの景色を独り占めすることができます」。
丘の上に建つ〈ヴィラ・アルメリコ・カプラ〉。ポーチ部分に立つと階段は視野に入らずダイレクトに景色が広がる。
完璧なシンメトリーを特徴とする正方形の建物は4つのファサードを持ち、各ファサードには古代ギリシャやローマの神殿に用いられた列柱が配されている。建物の4面は内部にある4つの部屋に日差しが入るよう東西南北から45度の角度を向いて建てられ、屋内の中心部の床には下から新鮮な空気が入るよう通風孔が設けられている。暗い冬は各部屋で自然光が楽しめ、暑さ厳しい夏は自然の冷房によって屋内全体が冷やされるという仕組みだ。内部は美しいフレスコ画や彫刻で飾られているが、完成当初は何もなく真っ白な状態だったという。
〈ヴィラ・アルメリコ・カプラ〉の壁面には地元の石から作られたパウダーが塗布されている。光の当たり具合で色が異なって見えるのが特徴で、夏はピーチオレンジ、冬は白く見えるという。
「パッラーディオが意図したのは装飾のない白一色の空間でした。窓から眺める景色こそ、この建物にとっての装飾と考えたのだと思います」とヴァルマラーナ氏。ラ・ロトンダに見られた建物への自然環境の取り入れ方や正面を持たないという設計はモダニズム建築、ひいては現代の建築にも通じるものがある。パッラーディオ建築のもつ普遍性、そして現代性こそ、トーマスをはじめ多くのクリエイターを惹きつけてやまない魅力なのかもしれない。
ヴィチェンツァ市民の日常風景の一部と化した、アンドレア・パッラーディオの像。
世界遺産〈ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ〉
〈ヴィラ・アルメリコ・カプラ〉
Via della Rotonda, 45, 36100 Vicenza VI, イタリア
〈ロッジェ・デル・パラッツォ・デッラ・ラジョーネ「バシリカ」〉
Piazza Dei Signori, 36100 Vicenza VI, イタリア
〈ロッジア・デル・カピタニアート〉
Piazza dei Signori, 36100 Vicenza VI, イタリア
〈パラッツォ・キエリカーティ〉
Piazza Giacomo Matteotti, 37/39, 36100 Vicenza VI, イタリア
公式サイト(ユネスコ)
石田潤
いしだ じゅん 『流行通信』、『ヴォーグ・ジャパン』を経てフリーランスに。ファッションを中心にアート、建築の記事を編集、執筆。編集した書籍に『sacai A to Z』(rizzoli社)、レム・コールハースの娘でアーティストのチャーリー・コールハースによる写真集『メタボリズム・トリップ』(平凡社)など。