October 22, 2023 | Art, Travel | casabrutus.com
2つの海の表情と山の合間にアートが現れる『奥能登国際芸術祭2023』。本誌『カーサ ブルータス』2023年10月号でも紹介した芸術祭が開催中! 3回目を迎えてパワーアップしたアートの見どころを、今年新たに発表された新作を中心にお届けします。
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『奥能登国際芸術祭2023』の会場は石川県珠洲市、日本海に突き出た能登半島の先端だ。海洋交易が盛んだった時代には北海道と大阪・堺の間で物資を運ぶ北前船の寄港地として、また大陸の文化が移入する拠点として栄えた。
三方を海に囲まれた奥能登では荒い波が奇岩に砕ける「外浦」と、穏やかな波が砂浜を洗う「内浦」と対照的な海の表情が楽しめる。海岸まで迫る山の景色も圧巻だ。『奥能登国際芸術祭2023』ではこの半島を10ある公民館の対象区域をもとに10のエリアにわけた。この10エリアは遡ると江戸時代の加賀藩や平安時代の豪族の区割りに基づく。
○大谷エリア
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『奥能登国際芸術祭2023』の作品はこれまでの2回の芸術祭で設置されたものも含め、およそ60作品もある。その中には海と関わるものも多い。今年、アゼルバイジャンのファイグ・アフメッドは大谷エリアの波打ち際に鳥居を作った。全面が大きなスパンコールで覆われていて、きらきらと輝く。「唐から戻る途中の空海が見附島(みつけじま)で法華経を聞いた」という伝説にインスパイアされたものだ。
「鳥居は2つの異なる次元を繋ぐシンボルだ。伝統的なモチーフである鳥居に、現代の広告などでよく使われるスパンコールをつけた。風が吹くと音が鳴るような仕掛けもある。光、風、音など捉えることのできないものを可視化している。自然と、人の手によって作られた鳥居との関係性が重要なんだ」(アフメッド)
○上戸エリア
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上戸エリアでインド出身のN.S.ハーシャのつくったキリンは、子どもに乳を飲ませながら海を見ている。母キリンは《なぜここにいるのだろう》というタイトル通り、もの思いにふけっているようだ。
「人類は今アジアにいてもヨーロッパにいても、すべてがアフリカ起源だと言われています。私たちは宇宙のどこから来て、どこへ行くのか、を考えることもあります。母子のキリンにかけられた花輪には花のほかに望遠鏡や顕微鏡などがつけられています。人類は宇宙や遺伝子などを通じて、自らのルーツを探し求めているのです」(N.S.ハーシャ)
ハーシャはインドの動物園でインド生まれのキリンが「アフリカ原産」と書かれているのを見て、この作品を着想したという。キリンも私たちも「なぜここにいるのだろう」と問い続けている。
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日本海に突き出た能登半島は風力発電の適地でもある。その能登半島の上戸エリアにはたくさんの風力発電の風車が回っているのが見える。SIDE COREはそこに「風見鶏」を設置した。スニーカー、自転車、グラフィティのような文字などモチーフはさまざまだが、どれも風で向きを変える。
「風力発電の風車も風向きに合わせて動く。だから大きい風見鶏のようなものだなと思ったんです」(SIDE CORE)
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風車は遠くからは華奢で繊細にも見えるが、SIDE COREの作品を見るために近づくとその巨大さに驚かされる。こうして鑑賞者が移動することもテーマの一つなのだという。この場所は県外の人はもちろん、珠洲市の人もめったに訪れることはない。心理的にも物理的にも遠く離れたところにある発電所などのインフラと作品は、さまざまな形で私たちと関係している。
○日置エリア
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旧ソ連出身のアレクサンドル・ポノマリョフは海に憧れ、航海士となって七つの海を旅したという経歴の持ち主。日置(ひき)エリアの彼の作品は船がモチーフだ。海を見下ろす公園に元からあったパーゴラ(つる棚の支柱)に使われなくなった焼酎のタンクやワイヤーを取り付け、帆船のようなオブジェを作った。
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風が吹くとワイヤーが共鳴し、酒タンクで増幅されて幻想的な音がする。「エオリアン・ハープ」と呼ばれる楽器の原理を応用したものだ。面白いのは風が強ければ大きな音が出るわけではないこと。気まぐれな風が気まぐれな音を聞かせてくれる。
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さわひらきの作品は日置エリアの20年ほど使われていなかった公民館の建物の中にある。彼はここで2017年の第一回『奥能登国際芸術祭』から作品を設置し、2回目、そして3回目の今回と少しずつ手を加えていった。
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これまでの2回で設置した船の形のオブジェやビデオインスタレーションに加えて、今回は屋根裏部屋の小さなスペースに作品を追加した。はしごを登って中に入ると三角形や円形の窓の向こうに映像が見え、天井からは空の鳥籠が揺れる。
「ここは『物事を俯瞰する部屋』なんです。禅の“空”(くう)にも通じる“空の部屋”に入って、下の部屋を感じることができる」(さわひらき)
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さわひらきは子どもの頃、トイレに座っている自分を上から眺めるという不思議な体験をしたという。この作品には彼の父の蔵書を集めた本棚があり、その中に吉本隆明の『共同幻想論』がある。家や家族は幻想ではないと言い切れるのか。夢や記憶や欲望、幻想はそんなものの隙間から生まれてまたそこに溶けていく。
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弓指寛治は日置エリア、ポノマリョフ作品近くの遊歩道と飯田エリアの街中の2カ所に作品を展示している。日置エリアの作品《プレイス・ビヨンド》は1922年に珠洲市で生まれ、満州に渡り、帰ってきた男性が残した手記を元にしたもの。観客は遊歩道を歩きながら50枚の絵と87枚のテキストを辿るうちに、彼の生涯を知ることになる。
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弓指は飯田エリアでは地元の人々から聞き取った物語をもとに彼が下絵を描き、手芸が得意な地元の方たちにテーブルランナーに仕立ててもらうという作品を展示している。ともすれば埋もれてしまう人々の記憶がアートになって、見た人の中に新しい物語を作り出す。
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古い家具や道具には精霊が宿り、手足が生えて動き出すという言い伝えがある。付喪神などと呼ばれることもある伝説から、原嶋亮輔は若山エリアの会場近くで使われていた家具をもとに、300年後の2323年の暮らしをイメージした家具をつくった。
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「テクノロジーが発達すると道具はミニマルでシンプルなものになる、という考え方がありますが、そうではなくて古いものに想いを馳せ、それとともに宇宙を旅する未来の家具です」(原嶋亮輔)
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彼の手にかかるとかつて嫁入り道具だった長持(ながもち)は火星に嫁ぐ花嫁のためのものに、冬に使う蓑(みの)は土星の環にささる水先案内人になる。炭俵を運んだ橇は宇宙を思う人のための宇宙船になった。役目を終えたものたちが、今はまだ行くことのできない宇宙へと飛び立っていく。
○三崎エリア
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梅田哲也は三崎エリアの養蚕や養蜂に使われていた広々とした建物にインスタレーションを設置した。天井から下がる格子状のものは養蚕に使われていた「まぶし」だ。蚕はこの格子に繭を作る。ガラスの球体は廃業したガソリンスタンドの照明だ。球体の中には水が入っていて、水量の変化で上下するものもある。バケツをいくつも組み合わせたオブジェからは梅田がこの地域で採取した音が流れている。
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この建物にはさまざまなものが残されていて、足の踏み場もないほどだった。芸術祭が終わったあとは家具の工房になることが決まっている。梅田は場所が移り変わっていく途中にアートを挿入し、会期後はそれを取り去る。人間が作った道具だけでなく、「まぶし」を離れて天井裏に潜んでいた蚕の繭や、ここで子育てをしていたツバメの巣も作品に取り込まれている。
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