October 19, 2023 | Fashion, Art, Design | casabrutus.com
“モードの帝王” と称され、現代のファッションに多大な影響を与えたイヴ・サンローラン。2008年没後の日本初となる大回顧展『イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル』が〈国立新美術館〉にて開催中だ。衝撃的なデビューから独自のスタイルを確立するまでの40年にわたる偉大なクチュリエの軌跡を、貴重なコレクションとともに辿る。
クリスチャン・ディオールの急逝を受け、1958年に若干21歳でメゾン・ディオールにて鮮烈なデビューを飾ったイヴ・サンローラン。それは、55年にアシスタントとしてディオールのもとで働きはじめた、わずか数年後のことだった。イヴ・サンローランの没後、日本初となる大回顧展は、ファッション界に衝撃を与えた1958年発表の「トラペーズ・ライン」のシャツドレスではじまる。展覧会では、110体のルックほか、アクセサリー、ドローイング、写真を含む262点の作品や資料とともに、12章の構成で、イヴ・サンローランが築いてきた40年にわたる仕事を多角的に紹介している。
イヴ・サンローランが女性のためにデザインしたタキシード。「ル・スモーキング」として知られるこの服は、自身のキャリアを通して再解釈を繰り返し、シーズンごとに変化させてきた彼のスタイルを代表するルック。展覧会のエントランスには、「ル・スモーキング」を象徴する黒が用いられ、「Yves Saint Laurent」の白のタイトルが会場へと誘う。
0章となる最初の展示室では、「ある才能の誕生」と題し、絵を描くことに没頭した幼少期から、ディオールのチーフデザイナーに就任するまでを紹介。本の装丁や漫画、16歳の頃にクチュールデザインを夢見ながら制作したペーパードールなど、デザイナー、イヴ・サンローランが誕生するまでの貴重な作品を目にすることができる。
1章へと足を進めると、まず出迎えてくれるのが「ファースト・ピーコート」。自身のメゾン、イヴ・サンローランの初のショーとなる、1962年の春夏オートクチュールコレクションで発表した、まさに1体目を飾ったルックだ。ネイビーのピーコートに白のプリーツパンツ。水兵の仕事着を女性らしく変化させたエレガンスは、女性のファッションに「マスキュリン」という言葉の表現が使われるようになることを予感させる一着だった。
ショーのフィナーレを想起させるように並ぶマネキンには、活動的な女性たちに向けたスカート・スーツなど同コレクションの象徴的なルックが続く。展示室には、ルックだけでなく、スケッチや仕様書、コレクションボードなども展示され、どのようにしてファーストコレクションが生み出されたかを伝えてくれる。
次の部屋へと移動すると目に飛び込んでくるのは、空間を囲むようにずらりと展示されたイヴ・サンローランのスタイルを象徴するアイコニックなルックたち。タキシード、テイラード・スーツ、サファリ・ジャケット、ジャンプスーツ、トレンチコート、イヴニング・ガウンやアンサンブルなどなど。男性服の力強さを取り入れた革新的なルックから、華やかで構築的なフォルムのドレスまで、40年の活動を通し生み出されてきたルックが、時系列ではなくスタイル別に展示されている。「ファッションは時代遅れになるが、スタイルは永遠である」とは、イヴ・サンローランが語った言葉だが、まさにその言葉通りであり、彼がいかに現代のファッションの基礎を築いてきたかを目撃することとなる。
生涯を通し、あまり旅行を好まなかったイヴ・サンローラン。しかし、美術品の収集やリビングでの読書を通じた想像の旅により、異国を思い描いていたという。アフリカ部族の彫像がインスピレーションとなったルックでは、木やラフィア、セルロイドなど廉価な素材を使用し、オートクチュールの概念をも覆してきた。スペインやモロッコ、ロシア、中国など、彼のフィルターを通した大胆でユニークなコレクションも多く発表されている。
イヴ・サンローランは、ファッションヒストリーの探求にも熱心で、西洋のさまざまな年代の服飾要素をデザインへと取り込んでいる。ギリシャ・ローマの彫像にみられる美しいドレープや17~18世紀のパニエ、19世紀のバッスルをモダンに再解釈し、20世紀のスタイルにもインスピレーションを得たコレクションを展開している。5章の空間には、服飾の歴史に沿ったルック別にコレクションが並べられ、彼のデザインを通しファッションの歴史を振り返る、そんな楽しみ方で鑑賞することも可能だ。
「アクセサリーは衣服を、そして女性を変容させる」と、イヴ・サンローランは語っている。彼がアクセサリーをデザインすることはなかったが、彼のミューズであり、ジュエリーデザイナーであったルル・ドゥ・ラ・ファレーズは、30年以上にわたりメゾンのコスチュームジュエリーの製作を担当し、唯一無二の作品を次々と生み出している。その多くは、貴金属、真珠、宝石が使われていない。木やメタル、ラインストーン、ビーズなどを組み合わせたダイナミックなコスチュームジュエリーで、彼のスタイルを完成させる大事なピースとなっていた。6章のキャビネットには、そんな独創的なジュエリーたちが展示され、見ているだけでワクワクしてくる。
芸術文化への造詣も深いイヴ・サンローランは、舞台や映画の衣装も多く手掛けている。また、自身が敬愛するアーティストへオマージュを捧げ、1965年に発表した、かの有名な“モンドリアン・ドレス”をはじめ、フィンセント・ファン・ゴッホやパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックなど、アートを投影させたユニークなコレクションも多く残している。
展覧会は、オートクチュールのランウェイショーに欠かせないウエディングドレス、そして、イヴ・サンローランと日本との関係をひもとき、ドキュメンタリー映像で彼の軌跡を締めくくる。21歳でデビューし2002年に引退するまでの約半世紀をファッションとともに駆け抜けた天才デザイナー。ぜひ会場に足を運び、彼が残した貴重なクリエイションを実際に目にし、その世界に触れてほしい。