September 27, 2023 | Design
谷中のアイコン的生花店が大々的な改装を経て、新たなスタートを切った。江戸時代から現在へ、建築チームが目指した“時間と町を繋ぐ”空間づくりとは?
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谷中霊園の向かいに建つ、1870(明治3)年創業の老舗生花店〈花重〉。構想から約3年を経てついに改装が完了し、今夏、リニューアルオープンした。
空間を手がけたのは、店からもほど近い上野桜木にオフィスを構える〈MARU。architecture(マル アーキテクチャー)〉。改装を考えていた〈花重〉の新オーナーが飛び込みで事務所に訪れたことをきっかけに、このプロジェクトが実現したという。
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生花問屋として創業してから150余年、〈花重〉は東京屈指の歴史ある生花店というだけでなく、戦後いち早く洋花を扱い、昭和40年代には3代目が国内初の「日本フロリスト養成専門学校」を開講するなど、日本にフラワーアレンジメントの技術を広めた先駆者としても知られる。
現在は4代目店主の中瀬いくよと次女の藤原麻鈴が店を切り盛りし、明治期に建てられた国登録有形文化財の店舗(通称:明治棟)は、門前茶屋町の景観を象徴する存在となっている。
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リノベーションでは、〈明治棟〉の外観を大切に残しつつ、奥に続く〈住居棟〉を改修した誰もが自由に憩えるカフェエリアと庭を新設。解体時に〈たいとう歴史都市研究会〉が行った調査では、約100坪の敷地内に〈明治棟〉をはじめ戦前築の〈住居棟〉、社員寮が連なり、倉庫も点在。さらに作業場として使っていた木造平屋建ての躯体は江戸末期の長屋の名残であることが判明した。
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〈MARU。architecture〉を主宰する高野洋平、森田祥子にとって、こうした時代ごとの記憶が残る物件をいかに「動的に保存するか」が一番のテーマだったという。
「保存には昔のものをそのまま残し、復元するという価値観もありますが、この場所は今後も実際に使われ “生きている”状態で保存することが理想的だと感じました」(高野)
「〈花重〉さんはずっとここで商売をされて、現在も続けていらっしゃることがとても貴重ですし、価値がある。保存するだけでなく、変化し続ける状態をみんなに見ていただくことが町づくりとしても大事なことだと、当初からずっと話し合っていました」(森田)
確かに、台東区では歴史的文化財を保全・継承する活動が盛んだが、リノベーションした物件で引き続き同じ事業主が運営を続けている事例は意外に少ない。そういった意味でも〈花重〉はとても稀少なモデルケースなのだ。
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〈MARU。architecture〉は、木造建築を“変遷していくもの”として捉え、〈明治棟〉から続く〈住居棟〉の柱や梁といった架構の一部を見せることで、時間の流れを表現している。敷地の奥へと進むにつれ構造は鉄のフレームのみとなり、時代を経て徐々に空間が“ほどけて”いき、谷中の町並みと繋がっていくイメージ…と聞き、納得する。
店舗の〈デザイナーズテーブル〉と呼ばれる作業カウンターや、カフェテーブルといった家具類は〈藤森泰司アトリエ〉が担当。ハニカム加工が施されたアルミの一枚板の天板を用い、木造(過去)と鉄のフレーム(未来)の橋渡しをする有機的な役割を果たしている。
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そしてユニークなのは、江戸、明治、昭和と時間を受け継ぎ、令和へと繋げる最新素材として無垢の鉄材を使った点。かつての日本家屋に用いられてきた高度な接合技術「仕口(しぐち)」の継承として、最新の金属加工技術でしかなし得ない“鉄製の仕口”を製造したのは驚きだ。60mm角の無垢材の鉄骨は時間とともに錆が浮き、新設でありながら歴史ある木造建築の景色とも馴染んでいる。
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何より、堂々たる町家建築の店舗に見惚れながら、江戸期の長屋の通路を抜けて緑に満たされた庭へと向かうアプローチの気持ちのいいこと! カフェスペースでは今後イベントやワークショップも開催予定だそうで、庭のグリーンの成長に合わせ、景観もさらに成熟していくだろう。谷中のアイコン的存在が、町とともに新たな時間を紡いでいくのが楽しみだ。
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